地名・地図
史料の地名を地図・言語的由来・用例から調べられます。各項目で表記と出典を比較し、本文の該当箇所に移動できます。
比定地名 41 件・地図表示 37 件・収録用例 2040 件のうち 644 件を比定
本文で選択した地名の用例を表示しています。 ほかの地名も表示
丸印は位置を参照するための目印です。大きさは範囲・精度を表しません。座標の出典と適用範囲は各項目に記載しています。地名の出現だけでは訪問の証拠になりません。背景地図は現代の地理を示します。
1 項目・5 用例
- ノテト(トイク岬)5
ノテト
ノテト(トイク岬)
根拠のある比定 · 根拠あり 5 用例・候補 0 用例・未比定 0 用例
樺太西岸のトイク岬(Mys Tyk)に対応する。
- 斉藤マサヨシ「北緯50度サハリン国境紀行」(2019年1月28日)、スライド16(ノテト岬/トイク岬の2009年写真)
- 佐々木史郎・是澤櫻子「19世紀中葉のアムール川下流域およびサハリン周辺の先住民族交易に関するロシア民族学者の記録Ⅱ」『国立アイヌ民族博物館研究紀要』4(2025)、p. 195 図1
位置の根拠
参照位置
トイク岬(Mys Tyk)の代表点。近隣のTyk集落の座標とは区別し、船着場や滞在した家の位置は示さない。
GeoNamesのWGS84代表座標。原データの位置精度と歴史的地点からの距離誤差は未評価。
記録された表記
ノテト
樺太西岸のトイク岬(Mys Tyk)に対応する。 『蝦夷紀行』で海面の結氷により長く滞在した樺太の岬。解氷を待って北上し、のちにここに住む人々が林蔵の大陸渡航に同行する。港としての役割と案内人の出身地の両面で現れる。
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
比定の根拠
蝦夷紀行 · 龍谷大学図書館・第1冊 · 根拠のある比定
写真資料のノテト岬=トイク岬という明示と、本文の「ノテトの崎」を照合する。
用例 (5)
- 蝦夷紀行 · 龍谷大学図書館・第1冊 · 5:7
を残し余は悉く帰り去しめ漸にして地夷五人を雇ひ舟を出して四月九日ノテトの崎に至りしに海上猶凍合して船をやる事不能故に五月七日迄此所に滞留せしにウシヨロよりの傭夷また是
「ノテト」 - 蝦夷紀行 · 龍谷大学図書館・第1冊 · 5:20
に至つきぬ此ところ北島極北の地にして夷家わつかに五六屋ある処なりノテトより此所に至ルの間嶋と素韃地の相対せる廻海にして潮水悉く南に流れ其間瀬路ありといへとも波涛激沸の
「ノテト」 - 蝦夷紀行 · 龍谷大学図書館・第1冊 · 6:5
夷従ひ行事をかえんせす已事を得すして同十七日船を返し同十九日終にノテトに帰り至りぬ貯糧既ニ尽なんとすれハ心を用ひて米飯をくらわす大抵魚肉草根木実のみ食し其精心の不堪に
「ノテト」 - 蝦夷紀行 · 龍谷大学図書館・第1冊 · 8:11
むもはかりかたし其時ハ汝是を持帰りシラヌシの府に捧くへしと命し置ノテトの土夷四人 男夷 のみ ウヤクトウの夷三人 男一人女一人 児夷壱人 林蔵を会して八人山旦船 長凡
「ノテト」 - 蝦夷紀行 · 龍谷大学図書館・第1冊 · 8:13
を会して八人山旦船 長凡五尋余 巾凡四尺計 一艘に乗組六月廿六日ノテトの崎を発して東韃地方に赴しに其日風が為あしく潮路又つよく起り軽軟の夷船是を凌行事あたはす終に船を
「ノテト」