文化5年 7月13日
ソウヤ 出発
ソウヤから出帆する。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 七月十三日
龍谷大学本の翻刻2–16頁に記された文化五年七月から翌年七月までの旅程。宗谷を出発して大陸の仮府へ至る往路を扱う。帰路と他の巻はこの資料に含まれていない。本文の読みに疑問がある箇所は、そのまま表示する。
間宮林蔵・各地で雇用・同乗した同行者(本文参照)
原表記の日付は日本の太陰太陽暦によります。西暦表示は出典付きの暦日表から換算しています。本文の日付の解釈と不確かさは保持します。
46件中21件の出来事に参照座標があります。下の旅程には全件を残しています。未比定地点を飛び越す線は引かず、地図には実際の航跡を示していません。
グレゴリオ暦:
文化6年7月11日 · 46 テシン
満州の仮府がある「テシン」へ至り、官吏と面会する。前段の目的地「テレン」と同じデレンの候補として、ノボイリーノフカ村対岸付近を参照する。本文の表記差と仮府の正確な位置は未確定。この巻の往路はここで終わる。 その後は同行者の仮屋で宿泊するが、滞在の終日はこの巻に記されていない。
候補比定
根拠の翻刻・判断を読む →記録された日付と出来事の順で再生します。日付は旧暦のままで、再生速度は実際の経過日数を表しません。位置が未確定の出来事にも進み、最後の地点を現在地として扱いません。
表示中:出来事46件・参照地点9件・模式線4区間
破線は隣接する出来事の参照地点を結びます。実際の航跡は未復元です。点線は端点の比定に不確実性がある区間です。線や下の項目から旅程の該当区間を開けます。
46件の出来事
文化5年 7月13日
ソウヤから出帆する。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 七月十三日
船行 本文の出来事の順序を結ぶ。同じ場所に続けて滞在した場合もイベントを保持する。地点間の実際の航跡は未復元。
文化5年 7月13日
同日にシラヌシへ着く。従行者を雇えず、奥地へ向かう船を待つ。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 其日
文化5年 7月17日
シラヌシで夷船に乗り、奥地へ向けて出発する。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同十七日
船行 本文の出来事の順序を結ぶ。同じ場所に続けて滞在した場合もイベントを保持する。地点間の実際の航跡は未復元。
文化5年 7月(日未確定)
トンナイの番屋に至る。日付の翻刻には「廿五(三?)」という疑問が残る。
グレゴリオ暦: – · 日未確定・可能な日付の範囲
本文の日付: 同廿五(三?)日
読み未確定
文化5年 8月3日
船子六人を雇い、トンナイから出船する。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 八月三日
年・月および「同」「其日」の指示対象は本文の前後から補う。原表記の日付は日本の太陰太陽暦による。
地名の用例を参照先とする。「此所」等で示される出来事の場所は前後の旅程から読む。現代の地点との対応は地名データベースの比定に従う。
2:8 て同廿五(三?)日トンナイ地名に至る此所にまたシラヌシの2:9 如く番屋ありて番人是に居し地夷を指揮す2:10 土着の従夷も亦多き所なれハ則番人をして船子3:5 壱人もなく彼是して日数八日の間此所に遅3:6 滞し種〳〵の謀をなして漸く船子六人を雇ひ3:7 八月三日此所を発船し日数十三日を経て同十五日リ3:8 ヨナイに泊しぬるに翌十六日山丹夷数十人船六艘ニ船行 本文の出来事の順序を結ぶ。同じ場所に続けて滞在した場合もイベントを保持する。地点間の実際の航跡は未復元。
文化5年 8月15日
リヨナイに泊まる。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同十五日
文化5年 8月16日
山丹の人々が六艘の船で来る。同行者との争いが起こり、米や酒を分け与える。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 翌十六日
年・月および「同」「其日」の指示対象は本文の前後から補う。原表記の日付は日本の太陰太陽暦による。
地名の用例を参照先とする。「此所」等で示される出来事の場所は前後の旅程から読む。現代の地点との対応は地名データベースの比定に従う。
3:8 ヨナイに泊しぬるに翌十六日山丹夷数十人船六艘ニ3:9 乗組此所に来り従夷を捕へて種々の謎言妄語をな3:10 し奥地に至る事成かたしなと罵り且其齎し行3:11 所の糧酒諸雑器も暴に奪ひ取んとしける故従夷は3:12 大に恐怖のし言語ハ通せす実に施すへき策なく3:13 よく〳〵従夷を諭して其暴意に逆せさらしめ其程3:14 をはかりて米酒なと若干分与し其心を慰けれは3:15 漸にして暴を止り船を出して南方に進み去りぬ文化5年 8月25日
同行者を説得し、風波が収まったところで出発する。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同月廿五日
船行 本文の出来事の順序を結ぶ。同じ場所に続けて滞在した場合もイベントを保持する。地点間の実際の航跡は未復元。
文化5年 9月3日
寒さと食糧不足のため、ここから引き返すことになる。折り返しの日付は別に記されていない。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 九月三日
船行 本文の出来事の順序を結ぶ。同じ場所に続けて滞在した場合もイベントを保持する。地点間の実際の航跡は未復元。
文化5年 9月14日
リヨナイへ帰着し、海の結氷を待つ。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 九月十四日
文化5年 10月14日
本文は十月十四日までの寓宿を記す。その後、船と荷物を預けて陸路で帰るが、出発日は記されていない。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 十月十四日まて
年・月および「同」「其日」の指示対象は本文の前後から補う。原表記の日付は日本の太陰太陽暦による。
地名の用例を参照先とする。「此所」等で示される出来事の場所は前後の旅程から読む。現代の地点との対応は地名データベースの比定に従う。
4:10 さらん事の口惜けれハ如何にもして帰上の凍合する4:11 を待水上を経歴して奥地に至るへしと思ひ十月十四日4:12 まて夷家に寓宿しけるに日を追て積雪山をなすと4:13 いへとも海上更に凍合セされハ如何に思ふ共奥地4:14 に至るへき術なく旦日々食糧も残少々なり終に4:15 雑具を約して船と共に夷家に託し置六夷を牽4:16 ひて積雪をおかし陸行して十一月廿六日トンナイに帰陸行 本文は積雪をおかした陸行を明記する。出発日は未記載。
文化5年 11月26日
六人を伴って積雪の中を歩き、トンナイへ帰着して越冬する。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 十一月廿六日
文化6年 1月28日
年を越し、正月二十八日まで滞在して食糧を整える。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 巳年正月廿八日まて
文化6年 1月29日
トンナイを出て再び奥地へ向かう。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 廿九日
文化6年 2月2日
ウシヨロに至る。元の同行者一人を残し、当地で五人を雇う。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 二月二日
文化6年 4月9日
ノテトの崎へ着く。海が凍っており、舟を進められない。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 四月九日
文化6年 5月7日
五月七日まで滞在する。同行者が先へ進むことをためらい、案内人を雇う。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 五月七日迄
文化6年 5月8日
山旦船を借りてノテトを出発する。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同八日
船行 本文の出来事の順序を結ぶ。同じ場所に続けて滞在した場合もイベントを保持する。地点間の実際の航跡は未復元。
文化6年 5月10日
イクタマーに至り、新たな案内人一人を雇う。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同十日
文化6年 5月12日
イクタマーを出発する。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同十二日
船行 本文の出来事の順序を結ぶ。同じ場所に続けて滞在した場合もイベントを保持する。地点間の実際の航跡は未復元。
文化6年 5月12日
ナニヲーに着く。本文の「北島極北」は地理認識の記述として保持し、現代の樺太最北端とは同一視しない。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 其日
文化6年 5月17日
東岸へ進む計画に同行者が同意せず、舟を返す。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同十七日
文化6年 5月19日
ノテトへ戻る。元からの同行者一人を残して他の人々をウシヨロへ帰す。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同十九日
文化6年 6月26日
ノテトとウヤクトウ出身の人々とともに、計八人で大陸へ向かう。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 六月廿六日
年・月および「同」「其日」の指示対象は本文の前後から補う。原表記の日付は日本の太陰太陽暦による。
地名の用例を参照先とする。「此所」等で示される出来事の場所は前後の旅程から読む。現代の地点との対応は地名データベースの比定に従う。
8:11 府に捧くへしと命し置ノテトの土夷四人男夷|のみウヤ8:12 クトウの夷三人男一人女一人|児夷壱人林蔵を会して八人山旦8:13 船長凡五尋余|巾凡四尺計一艘に乗組六月廿六日ノテトの崎を発8:14 して東韃地方に赴しに其日風が為あしく潮路又8:15 つよく起り軽軟の夷船是を凌行事あたはす終に8:16 船を返してラツカの崎に至りぬるに日々風波あしく文化6年 6月26日
風と潮に阻まれ、ラツカの崎へ舟を返す。その後五日間滞泊する。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 其日
文化6年 7月2日
風波が収まり、濃霧の中を出船する。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 七月二日
文化6年 7月2日
海上からモトマルの崎を見かける。上陸や岬への到達は記されていない。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 七月二日(文脈)
船行 本文の出来事の順序を結ぶ。同じ場所に続けて滞在した場合もイベントを保持する。地点間の実際の航跡は未復元。
文化6年 7月2日
海岸に沿って南へ進み、カムカタの崎の激しい波を越える。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 七月二日(文脈)
船行 本文の出来事の順序を結ぶ。同じ場所に続けて滞在した場合もイベントを保持する。地点間の実際の航跡は未復元。
文化6年 7月2日
湾内に船をつなぎ、潮が収まるまで待つ。魚を釣って食べる。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 七月二日(文脈)
船行 本文の出来事の順序を結ぶ。同じ場所に続けて滞在した場合もイベントを保持する。地点間の実際の航跡は未復元。
文化6年 7月2日
アルコヱに泊まる。本文は道中の海浜・河岸での仮屋による宿泊を説明する。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 其夜
船行 本文の出来事の順序を結ぶ。同じ場所に続けて滞在した場合もイベントを保持する。地点間の実際の航跡は未復元。
文化6年 7月3日
トウシボー泊湾を通過する。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同三日
船行 本文の出来事の順序を結ぶ。同じ場所に続けて滞在した場合もイベントを保持する。地点間の実際の航跡は未復元。
文化6年 7月3日
トヱカクラカローを通過する。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同三日
船行 本文の出来事の順序を結ぶ。同じ場所に続けて滞在した場合もイベントを保持する。地点間の実際の航跡は未復元。
文化6年 7月3日
ムシホーへ至って泊まる。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同三日
文化6年 7月4日
舟から荷を出し、陸へ引き上げる準備をして一日を過ごす。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同四日
陸上運搬 山路を越えて空舟と荷物を運ぶ。
文化6年 7月5日
空舟を山路の向こうのタバマチー川へ引き越し、荷物を往復して運ぶ。その夜は川の側に泊まる。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同五日
文化6年 7月6日
タバマチーから川を下る。浅瀬では舟を下りて引く。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同六日
年・月および「同」「其日」の指示対象は本文の前後から補う。原表記の日付は日本の太陰太陽暦による。
地名の用例を参照先とする。「此所」等で示される出来事の場所は前後の旅程から読む。現代の地点との対応は地名データベースの比定に従う。
12:12 同六日夕バマチーを発して縁を下りけるに此川は小川12:13 にして処々に岩瀬多く流下すへからさる処も有け12:14 れハ船を下りて夷と共に是を挽に其流水殊に清12:15 冷骨に徹して疼痛するに堪す蚊多し是ムシホー12:16 の如く烟霧又咫尺を弁せす漸にしてキチー湖の12:17 源に出けれハ夫よりハ水も深く停滞する処もなく12:18 ウルホーと称する所を過きキチー湖に入ぬ船行 本文の出来事の順序を結ぶ。同じ場所に続けて滞在した場合もイベントを保持する。地点間の実際の航跡は未復元。
文化6年 7月6日
ウルホーを過ぎる。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同六日
年・月および「同」「其日」の指示対象は本文の前後から補う。原表記の日付は日本の太陰太陽暦による。
地名の用例を参照先とする。「此所」等で示される出来事の場所は前後の旅程から読む。現代の地点との対応は地名データベースの比定に従う。
12:12 同六日夕バマチーを発して縁を下りけるに此川は小川12:13 にして処々に岩瀬多く流下すへからさる処も有け12:14 れハ船を下りて夷と共に是を挽に其流水殊に清12:15 冷骨に徹して疼痛するに堪す蚊多し是ムシホー12:16 の如く烟霧又咫尺を弁せす漸にしてキチー湖の12:17 源に出けれハ夫よりハ水も深く停滞する処もなく12:18 ウルホーと称する所を過きキチー湖に入ぬ船行 本文の出来事の順序を結ぶ。同じ場所に続けて滞在した場合もイベントを保持する。地点間の実際の航跡は未復元。
文化6年 7月6日
キチー湖へ入る。湖畔の集落キチーへの到着は翌日の別の出来事として記す。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同六日
年・月および「同」「其日」の指示対象は本文の前後から補う。原表記の日付は日本の太陰太陽暦による。
地名の用例を参照先とする。「此所」等で示される出来事の場所は前後の旅程から読む。現代の地点との対応は地名データベースの比定に従う。
12:12 同六日夕バマチーを発して縁を下りけるに此川は小川12:13 にして処々に岩瀬多く流下すへからさる処も有け12:14 れハ船を下りて夷と共に是を挽に其流水殊に清12:15 冷骨に徹して疼痛するに堪す蚊多し是ムシホー12:16 の如く烟霧又咫尺を弁せす漸にしてキチー湖の12:17 源に出けれハ夫よりハ水も深く停滞する処もなく12:18 ウルホーと称する所を過きキチー湖に入ぬ船行 本文の出来事の順序を結ぶ。同じ場所に続けて滞在した場合もイベントを保持する。地点間の実際の航跡は未復元。
文化6年 7月6日
湖中のスツクチンカターに泊まる。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 其夜
船行 本文の出来事の順序を結ぶ。同じ場所に続けて滞在した場合もイベントを保持する。地点間の実際の航跡は未復元。
文化6年 7月7日
キチーへ至り、住民の家に泊まる。本文はキンチミを同所の伝称として注記する。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同七日
年・月および「同」「其日」の指示対象は本文の前後から補う。原表記の日付は日本の太陰太陽暦による。
地名の用例を参照先とする。「此所」等で示される出来事の場所は前後の旅程から読む。現代の地点との対応は地名データベースの比定に従う。
13:8 本邦の厳冬の如し同七日天湖中を行事凡二里13:9 半許にしてキチー(本邦の人傳称するキンチミなるものこれなり)と称する13:10 処に至りしに住夷等大に怪みて数十人群集して13:11 林蔵を囲み懐を探り衣をひき手足を尋し髪13:12 を握り暫時の間は櫛振笑畢してやまさりしと13:13 いふ韃地に入てより此処に至りて初て土着の夷家13:14 有を見ぬ其夜は夷家に寓居す文化6年 7月8日
キチーを出発し、マンゴー河を上る。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同八日
船行 本文の出来事の順序を結ぶ。同じ場所に続けて滞在した場合もイベントを保持する。地点間の実際の航跡は未復元。
文化6年 7月8日
烈風に阻まれ、カウタヱに泊まる。夜は大雨となる。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同八日
船行 本文の出来事の順序を結ぶ。同じ場所に続けて滞在した場合もイベントを保持する。地点間の実際の航跡は未復元。
文化6年 7月9日
強風の中を遡り、日暮れ後にコルヘしへ船をつなぐ。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同九日
船行 本文の出来事の順序を結ぶ。同じ場所に続けて滞在した場合もイベントを保持する。地点間の実際の航跡は未復元。
文化6年 7月10日
ウルケーで船を一艘買い、荷物を二艘に分ける。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同十日
年・月および「同」「其日」の指示対象は本文の前後から補う。原表記の日付は日本の太陰太陽暦による。
地名の用例を参照先とする。「此所」等で示される出来事の場所は前後の旅程から読む。現代の地点との対応は地名データベースの比定に従う。
15:4 同十日又船を出して二里半許に流しウルケーと15:5 いふ処に至りしに此所コルデツケと名付たる異族15:6 夷の部落船夷等船を買の事ありて其日は此15:7 処に滞泊す15:11 一此夷種総て海松の大材を以船を造る事を15:12 業とす南方諸夷の用る処皆此地の造り出す15:13 所なり故に船夷も此処に至りて齎し行処の15:14 獣皮を以船一艘を易へ得是より諸雑器を15:15 二艘に分積しテレンに趣くといふ文化6年 7月11日
本文が「ウルゲー」と記す地を出て上流へ進む。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同十一日
船行 本文の出来事の順序を結ぶ。同じ場所に続けて滞在した場合もイベントを保持する。地点間の実際の航跡は未復元。
文化6年 7月11日
満州の仮府がある「テシン」へ至り、官吏と面会する。前段の目的地「テレン」と同じデレンの候補として、ノボイリーノフカ村対岸付近を参照する。本文の表記差と仮府の正確な位置は未確定。この巻の往路はここで終わる。 その後は同行者の仮屋で宿泊するが、滞在の終日はこの巻に記されていない。
グレゴリオ暦:
本文の日付: 同十一日
年・月および「同」「其日」の指示対象は本文の前後から補う。原表記の日付は日本の太陰太陽暦による。
地名の用例を参照先とする。「此所」等で示される出来事の場所は前後の旅程から読む。現代の地点との対応は地名データベースの比定に従う。
16:5 同十一日ウルゲーを出凡四里許も上流しけるにテシン16:6 に至り着ぬ是満州の仮府の有処なり船夷シヤシ16:7 を伴ひ来りたりと訴へけれは満州の官夷等泊16:8 宿して在ける廬船に伴ひ来るへしと令しける故16:9 船夷舟をすヽめて廬船の側に至りしまヽ直に16:10 廬船に乗移り官吏の側に至りしに官夷衣16:14 其みつから乗所の船中に滞留すへしと云けれは16:15 船夷是を許さす遂に船夷の仮屋中に雑居す16:16 集居の夷日々仮屋に来りて林蔵を揶揄笑弄16:17 して其喧嘩なるに堪さりしに満州夷時ヽ来16:18 て是を制し夜中また此仮屋のみを廻見せし16:19 といふ6:15 りて質問せしにロシヤの経界も此島を去る事をから6:16 す時〳〵其属夷等船に乗して燧巧の火器を持しヲニ6:17 ヲーの海上に遊猟する事少からすと聞けれハ猶更ニ6:18 其経界の詳を極さらんも云かいなき事と思ひ幾年8:11 府に捧くへしと命し置ノテトの土夷四人男夷|のみウヤ8:12 クトウの夷三人男一人女一人|児夷壱人林蔵を会して八人山旦8:13 船長凡五尋余|巾凡四尺計一艘に乗組六月廿六日ノテトの崎を発8:6 書を作りて従夷に渡し其外是迄訊置し此後の8:7 事ともつゝりたる書物は悉く是に託し我万一彼8:8 地にして死亡の事もはかりかたく旦は異域に入8:9 事なれは如何なる事ありて帰り来たる事を得さ8:10 らむもはかりかたし其時ハ汝是を持帰りシラヌシの8:11 府に捧くへしと命し置ノテトの土夷四人男夷|のみウヤ12:3 なく林蔵此処に至りし時もケヤツカル(朝鮮界の地名)キ12:4 ムンアイノ抔称せる異類の夷其外にも種々12:5 の船八九艘も泊り在しといふ12:6 一満州夷カラツト島に到る時ハ大抵マンコー河を12:7 乗下りて島に達すといへ共或は此処に至て前の12:8 如く船を引越カムカタに出ラツカに渡る事有と云