地名
史料の地名を地図・言語的由来・用例から調べられます。各項目で表記と出典を比較し、本文の該当箇所に移動できます。
比定地名 76 件・地図表示 51 件・収録用例 2152 件のうち 746 件を比定
丸印は位置を参照するための目印です。大きさは範囲・精度を表しません。座標の出典と適用範囲は各項目に記載しています。地名の出現だけでは訪問の証拠になりません。背景地図は現代の地理を示します。
724 項目・2152 用例
- 韃靼3
韃靼
- 内地(シヤモロン)3
シヤモロン ・ 內地
- 藤島3
藤島
- 北国3
北国
- 勝山3
勝山
- クンヌイ3
クンヌ ・ クンヌイ
- クル3
クル
- 三馬屋3
三馬屋
- 奥州3
奥州 ・ みちのく ・ 陸奥
- シリヘツ山3
シリヘツ山
- 江戸3
江戸
- 東蝦夷地3
東蝦夷 ・ 東蝦夷地
- ウシヨロ(ウショロ地方)3
ウシヨロ
- 山川港3
山川 ・ 山川湊
- 後志山3
後志山 ・ シリペシ、ノポリ
- 秋田2
秋田
- 函館県2
函館 ・ 函館縣
- 岩木山2
岩城山
- 門之浦2
門之浦
- キジ湖(キチー湖)2
キチー湖
- 熊石2
熊石
- ラツカ(ラク付近)2
ラツカ
- 白老2
シラヲイ
- トンナイ(旧真岡付近)2
トンナイ
- 宇賀(函館東方の海岸)2
宇賀 ・ うか
- 北高麗2
北高麗
- 口蝦夷2
口蝦夷
- 津軽2
津軽
- 日本2
日本
- 北高麗2
北高麗
- 口ゑそ2
口ゑそ
- 大根古2
大根古
- 奥州2
奥刕 ・ 奥州
- 鳥居戸2
鳥居戸
- タバマチー2
タバマチー ・ 夕バマチー
- アルコヱ2
アルコヱ
- リヨナイ2
リヨナイ
- ロヽカマチー2
口ヽカマチー ・ ロヽカマチー
- 喜古内2
喜古内
- ウラカハ2
ウラカハ ・ ウラカワ
白主
確定度の異なる比定 · 根拠あり 10 用例・候補 2 用例・未比定 0 用例
白主(しらぬし)。樺太南端にあった港・集落。宗谷からの渡海や交易の拠点として記録される。
- 『蝦夷紀行』龍谷大学図書館所蔵・画像2、行4
- 『蝦夷紀行』龍谷大学図書館所蔵・画像8、行10
- 『蝦夷草紙』国文学研究資料館所蔵・画像118、行1
- 佐々木史郎「サンタン交易の経済学」519頁(国立民族学博物館)
- 佐々木史郎・是澤櫻子「19世紀中葉のアムール川下流域およびサハリン周辺の先住民族交易に関するロシア民族学者の記録Ⅱ」『国立アイヌ民族博物館研究紀要』4(2025)、p. 195 図1
位置の根拠
参照位置
西能登呂岬(クリリオン岬)の北西にある旧集落の代表点。GeoNamesはShiranushiを異名に挙げる。番屋や船着場の位置は未詳。
GeoNamesのWGS84代表座標。歴史的地点の位置精度は未評価。
記録された表記
シラタヌシ
白主(しらぬし)。樺太南端の西側にあった港・集落で、宗谷から樺太へ渡る際の拠点。『蝦夷草紙』では番屋、案内人の雇用、島内や大陸方面への出発地として現れる。
本文の呼称からの暫定分類。語源と現代の地名との対応は未確認。
シラヌシ
白主(しらぬし)。樺太南端の西側にあった港・集落で、宗谷から樺太へ渡る際の拠点。『蝦夷草紙』では番屋、案内人の雇用、島内や大陸方面への出発地として現れる。
本文の呼称からの暫定分類。語源と現代の地名との対応は未確認。
シラヌシ
白主(しらぬし)。樺太南端の西側にあった港・集落で、宗谷から樺太へ渡る際の拠点。『蝦夷草紙』では番屋、案内人の雇用、島内や大陸方面への出発地として現れる。
本文の呼称からの暫定分類。語源と現代の地名との対応は未確認。
シラヌシ
白主(しらぬし)。樺太南端西側の港・集落で、宗谷からの渡海や交易の拠点となった。 カラフトからの渡海とソウヤからの里程に現れる地名。本文の位置記述には検討が必要。
本文の呼称からの暫定分類。語源と現代の地名との対応は未確認。
シラヌシ
白主(しらぬし)。樺太南端の西側にあった港・集落で、宗谷から樺太へ渡る際の拠点。『蝦夷草紙』では番屋、案内人の雇用、島内や大陸方面への出発地として現れる。
本文の呼称からの暫定分類。語源と現代の地名との対応は未確認。
比定の根拠
蝦夷草紙 · 国文学研究資料館 · 根拠のある比定
本文の島・渡海先の記述を白主に対応させる。歴史的集落の位置と範囲は別途検討する。
蝦夷島奇観 · 北海道大学附属図書館 · 根拠のある比定
本文の島・渡海先の記述を白主に対応させる。歴史的集落の位置と範囲は別途検討する。
北海随筆 · 筑波大学附属図書館 · 比定・解釈未確定
「シラヌシ」は樺太南端西側の白主に似た名称だが、この写本は「カラフトより蝦夷地シラヌシ…海上三里」「ソウヤより陸続き五十里」と記す。樺太の白主が候補だが、位置関係に矛盾が残る。
蝦夷紀行 · 龍谷大学図書館・第1冊 · 根拠のある比定
本文の島・渡海先の記述を白主に対応させる。歴史的集落の位置と範囲は別途検討する。
用例 (12)
- 蝦夷草紙 · 国文学研究資料館 · 118:1
云処アリ此クウヤ」ヲ出帆シ海上十里ヲ渉海シテ カラフト 島ノ内 シラタヌシ ト云処ニ至ル此 シラヌシ ヨリ西ニ乗リ同島ノ内ナヨシ」ト云処ニ至ル此処ノ沖中ニ海上六七里ヲ隔ツ
「シラタヌシ」 - 蝦夷草紙 · 国文学研究資料館 · 118:1
上十里ヲ渉海シテ カラフト 島ノ内 シラタヌシ ト云処ニ至ル此 シラヌシ ヨリ西ニ乗リ同島ノ内ナヨシ」ト云処ニ至ル此処ノ沖中ニ海上六七里ヲ隔ツト云リ又 ナヨシ ヨリ西ニ
「シラヌシ」 - 蝦夷草紙 · 国文学研究資料館 · 119:8
レハ堅氷張リテ陸地ノ如ク此期ニ至レハ大ニ橇ヲ牽セテ通行スルナリ「シラヌシ」ヨリ此辺マテヲ西カラフト」ト云又シラヌシヨリ東ハ ウル ト云処ニ大河アリ此河上ニ池アリテ蝦夷舟
「シラヌシ」 - 蝦夷草紙 · 国文学研究資料館 · 119:9
ヲ牽セテ通行スルナリ「シラヌシ」ヨリ此辺マテヲ西カラフト」ト云又シラヌシヨリ東ハ ウル ト云処ニ大河アリ此河上ニ池アリテ蝦夷舟ニテ土人渡海シテ運送ヲ達スト云ヘリ此ノシカ
「シラヌシ」 - 蝦夷草紙 · 国文学研究資料館 · 119:13
イ」ノ東北ニ「シレトヲト云処アリ此処海岸ヨリ沖ヘ出タル山崎アリ「シラヌシ在ノ ノトロ ト云辺ヨリ此辺迄蝦夷土人多ク徘徊シ産業ニ力ヲ尽スト云リ又同嶋西北ノ地「タライカイト
「シラヌシ」 - 蝦夷島奇観 · 北海道大学附属図書館 · 44:4
者なし明和年間松前家臣和田某を遣して五十有余里を順島せしむ夫よりシラヌシに館を建て鎮護す享和改元年信濃守源忠明奉台令西夷地を回り属吏中村意積高橋一宅に命して南北二百余里
「シラヌシ」 - 蝦夷島奇観 · 北海道大学附属図書館 · 44:16
と共にソウヤに来り韃靼服を着したり唐人と云しより島名となりたるかシラヌシより西百里にタラヰカと云所あり是此島の名なるよしソウヤ首長ヲタトモンクルかたれり一風俗も蝦夷とは
「シラヌシ」 - 北海随筆 · 筑波大学附属図書館 · 16:20 比定・解釈未確定
も与ふる事あり蝦夷地へ近き所をカラフトといふ此カラフトより蝦夷地シラヌシといふ所へ海上三里といふシラヌシ 江 はソウヤより陸続き五十里計りといへり此タライカイより北方
「シラヌシ」 - 北海随筆 · 筑波大学附属図書館 · 16:20 比定・解釈未確定
ラフトといふ此カラフトより蝦夷地シラヌシといふ所へ海上三里といふシラヌシ 江 はソウヤより陸続き五十里計りといへり此タライカイより北方にあたりてサンタンマンチウといふ
「シラヌシ」 - 蝦夷紀行 · 龍谷大学図書館・第1冊 · 2:4
夷の奥地に至らしむるに其年の七月十三日本蝦夷ソウヤを出帆して其日シラヌシに至る此所土着の住夷多からされハ従行の夷をやとふ事あたはす夷船の奥地に趣くものあるを待とかくして
「シラヌシ」 - 蝦夷紀行 · 龍谷大学図書館・第1冊 · 2:8
を発し日数五日を経て同廿五(三?)日トンナイ地名に至る此所にまたシラヌシの如く番屋ありて番人是に居し地夷を指揮す土着の従夷も亦多き所なれハ則番人をして船子となすへき者を
「シラヌシ」 - 蝦夷紀行 · 龍谷大学図書館・第1冊 · 8:10
る事ありて帰り来たる事を得さらむもはかりかたし其時ハ汝是を持帰りシラヌシの府に捧くへしと命し置ノテトの土夷四人 男夷 のみ ウヤクトウの夷三人 男一人女一人 児夷壱人
「シラヌシ」