筑波大学附属図書館 · 画像の利用条件 · IIIFマニフェスト
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- 三上正昭 446字
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右丁
一ッ流れ来るを取りてと称しの鎮守となし
祠を建て春秋に祭るとなり勝軍の例によりて今に
領主継目の時は必参詣し給ふとなり其の
像を拝せしに尊天の像にあらすの像にて
弓箭鉾等を持たる木偶人五ッあり
一 国初の頃侯の位席は賓客の御あしらいにて
参覲の時は往来伝馬にて堂上の格列侯よりは格別の
事も有けるよし中頃幼主有て参覲怠りけるより
格式変異して再改る事なく
の時より今の格に改りたるよし以前の格終かに
左丁
残りたるは嫡子乗輿鷹献上の時伝馬のみ也と聞り
一 国に五穀生せすといへとも山海の利沢余国に倍し士民
質朴にして利倍を事とせす誠に上古の民の風あり
治平百年の後は奢侈増長して士太夫窮し諸民
労に堪さるは古今の習なれは国の開く事遅き故にや
風俗敦厚にして衰弊のきさしなし然とも山海の利沢
民に及ふ所は古に今をくらふれは其半を滅したりと云り
古しへ砂金の盛に出る時は他邦のものも多く入込
へかけて賑ひける砂金を取運上領主へ奉る所一ヶ月に
一人砂金壱匁宛なり一匁の運上は聊なる事なれとも