2写字台
3491.7
44-w
52
6架 号 第 冊
7保 6 6 共 冊
3島之事
4一 島ハ島の隣島ニテ彼島ヨリ渡リ口
5西南の北海辺に峨々たる峻山の下にヘルヘトいふニ6ヶ所島に渡海の船日和ヲ伺ふ処也是より北7一里にしてといふ所に蝦夷村有此村の乙名をクラ8レルといふ此乙名の稼場にて浜辺に古錠もて頭あり頭の9重サ七拾貫目程也漂流船留云にて探索10する時にに小園村堀川や八左衛門ノ手船沖船頭11友右衛門宝暦六戊 子年十一月七日の湊31ヲ出帆して難風に逢ひ同五月十七日此に漂着2せり天明丙午年にて三十年以前に当る其以後此3島にの人物渡海せさる島なれはいまたの人4物ヲ見さる蝦夷人多し予天明丙午五月此所ヲ通り5しに初るの人物往還する事なれは隣村より6隣村へふれ告土人等大勢群集して何れも浜辺に出7て予か通るを今や遅しと待居ける女子共に至る迄8皆砂浜に出迎ひ庵として拝をなし並居けり扨亦9此辺よりシヤシトいふ昆布あり若布のことくにて葉10は薄く鳳凰の尾の絵書たるかことくに所々に切れあり11て又芭蕉の葉に似たり潤さ一尺より二尺計りに至葉12の内には茎の如くの筋ありて其筋は細き竹の如くに13内は空にして筋ありて葉の短きは二三尺より長14きは凡二十間余に及なり実に最良なる昆布なり15元より北方には磯辺を副ひ漕き凡二十余里にし16てといふ高山あり此辺にクイといふ樹あり17にて拇松といふ樹に似て五葉也木目細節に18筋性よく木の色赤くに類なし此樹に茸出る也19といふてヱブリコなり土人はトウホシとも20唱ふるなり又蝦夷北より出るヱブリコは蝦夷松に