Ryukoku University Library · 491.7-4-W-2 · Image terms · IIIF manifest
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右丁
て営成す是蝦夷土地の風俗なり生涯住所を定
めす数十里の浜辺に住居する家宅は皆仮小屋にて
猟産の卓山なる所へ移りて又仮小屋を作りて住居
する也生涯みなかくのことし是耕作の産をしらす猟
産沢山なる故也
漁猟の事
一 天明六丙午年蝦夷国界見方御用につきて江戸本
町苫屋久兵衛といふ者の手船神通丸沖船頭は太兵衛
厳命に仍て松前に着船し夫より東蝦夷にニシヘツ
に渉海せしなり蝦夷地東海の船路能々知たるもの
左丁
松前家の撰ひにより松前唐津内町の者にて道
先役次郎兵衛乗組ニシヘツといふ大河に着岸す此ニ
シヘツ例年秋の彼岸に至れは川の源のかたへ鮭夥
しく溯る也予其役懸りなれは渠等に下知して同
年八月十七日昼七ツ時頃引来る網に鮭二三十疋斗懸りた
り又翌十八日朝六時に引来る網には大に懸りたる内悪
敷を云能を撰ひて九十七束有一束は二十疋をいふ即一
千九百四十疋なり悪を云【去?】るとは勝れて小なるか勝れ
て大なるかを云中なる揃たるを良とする故なり中なる
を揃て船積にする故也大船にては凡五万疋以上を