University of Tsukuba Library · Image terms · IIIF manifest
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右丁
ウヤより陸続き五十里計りといへり此タライカイより北
方にあたりてサンタンマンチウといふ所あり是北高麗也
と松前ものはいへりマンチウは満州歟サンタン未考
錦青玉等も此両国よりタライカイ江渡し来るタライ
カイの者ともは両国へ商に行て常に交易するとなり
言語は蝦夷とは又違ひて通セさるゆへタライカイの
幼稚成者を両国へ渡し置て言語ならハセ是を以
通辞とセりサンタンマンチウともに文字もあり人物
よし米酒たはこもある故交易物は鉄類を望む鍋
釜出刃の類を渡すとなり山田久右衛門といふ船頭
左丁
ソウヤ江行けるに折節サンタンの者共来り合て物語等
セり此久右衛門は両年蝦夷へ渡東西海共に夷地功者成
ゆへに言語も通しサンタンの者ともと咄合て此者とも其
称美し巻物をあたへけるを披きて見るに大小の文字
書まセ多くハ蛮字と見へて梵字のことし又漢字も
ありて真文字に書たり本邦の三社の詫のことくに
書くたして上中下三段に大き成朱印を押セり何といふ
事しれさる故松前へ帰りて領主へ上けるに学僧共
寄られ吟味ありけれとも蛮字故知れかたく何とも
分ちかたく右の書物は領主へ納むとなり