アイヌ語古記録データベース Early Records Database of the Ainu Language Aynuitak Huskokampi

北海随筆 Page 50

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右丁

  にて関所有けるなるへし京を去事千五百里常陸の

  国境を去事四百十二里下野国境を去事二百七十四里

  是等里数漸合へり上代の海道しば〳〵変し千歳

  の後違有といへとも大概違ふ事なし靺鞨国を去事

  三千里とあるはカラフトの事なるへし里数又合り今に

  仙台領は六町を以一里として三十六町を以て一里とせす

  古の蝦夷地今は森岡弘前のことく大国の府城となれり

  山間まて開墾して五穀豊饒に海辺は潮を漁猟をし

  山よりは材を出し商船の往返絶さる様に成ける是を以

  見るに後来后稷の事をなすもの有て蝦夷地も奥羽と

左丁

  ならん事有へし

一 三河後風土記に

  天正十九年九戸修理亮政実一揆の時

  神君の御陣に従ふ国士には南部大膳太夫信直津軽

  越中守信牧松前志摩守と云々志摩守は毒箭を射さ

  せんため夷人少々召連来る其体尤も異形なり身の毛

  大に長して頗る牛に異ならす半弓を頭に当胡籙#1

  腰にさす彼夷人の発する矢は敵に中らすといふ事

  なくたとひ薄手の輩も死せさるは無りけると云々

  史に見ゆる所是等を初めとすへし其頃秀吉公より

Notes from the transcribers

  • 胡籙(やなぐい) 古代から中世にかけて使用された 右腰に帯びる筒状の矢入れ具 c-40dca7c6
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