アイヌ語古記録データベース Early Records Database of the Ainu Language Aynuitak Huskokampi

北海随筆 Page 49

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右丁

  津軽不熟して売米出さる時松前中一同の飢饉

  にて平生糧を知らさる民ゆへ余国の饑饉よりは猶更

  痛深く死亡の者も多かりけるに責て麦作をたに業と

  せはかゝる時の憂は免るへし然れとも土器のものは

  漁猟を以専らとし田作に心あらす其上魚猟の時と

  田作の時同時なる故数百年仕馴たる業を改むへきに

  あらす土器の者は魚猟を以業とし田作の百姓は隣国の

  窮民を以て田作にあて百姓の業をニにする時は怠らす

  して成就すへし五穀生する時に至りては国は次第に

  弘まり蝦夷もおのつから習覚へて穀食となるときは

左丁

  則本邦の人と化すへしといへり仍て思ふ往古みちのくの

  蝦夷と聞ゆるは津軽南部辺は残らす蝦夷にて有けるを

  多賀の城に鎮守府出来て次第に風俗を変し五穀生

  して今の国となれりされは津軽蝦夷は松前蝦夷には

  あらす古陸奥の蝦夷の遺種なり松前の蝦夷と津軽南部

  の蝦夷は別種なる事を正して蝦夷は血脈を引家系を

  乱さゝるもの故百代の後といへとも違ふ事なし仙台領に

  一ノ関といふ所あり是古の関所有ける所なるへし多賀の

  城壺の碑に蝦夷国界を去事百二十里と有は六町一里

  の里数を以相考ふれは此一ノ関は古の蝦夷国界

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