龍谷大学図書館 · 491.7-4-W-2 · 画像の利用条件 · IIIFマニフェスト
- 状態
- 翻刻済
- 翻刻
- 三上正昭 445字
- みんなで翻刻
- このコマをみんなで翻刻で開く
- TEI
- ezo-soshi/ryukoku.xml · pb n="17"
右丁
と成て百年不易の国益となれり爰により
四五里にしてといふ村あり此地内とて柴萩繁
茂して真土の上田ともなるへき所あれは領主の命あ
りて辺の百姓をあつめ新開して耕作せられ
しに初年は穀実稔らす翌年は米六十俵計り出来
たり三年目は旬気不順なれは凶作年にて領主より
田作を被留たりといふ村の何某予に委敷物
語也其後領主をはじめ百姓にいたる迄所在
一国中に米穀出来さる物に心得たりといへり予於是て
地極出地#1を測量するに四十二度なり思ふに
左丁
の気候に漸似たるへしと発念し百菜出産すへ
き土地なれは能計策もあるへしと発念し又及はぬ
事を思ひけり扨蝦夷の土地は都て雲霧深く湿地
なるは諸島各人乏しく耕地の田畑なけれは夏中
といへども地面に大陽の濁熱あたるへき様なく大樹
草木の枝葉繁茂し地面をおほふ故に大暑頃といへ
とも地面は冷涼なり依て雲霧深き筈なり因て
穀の稔らさるは理り也又中といへとも深山幽谷
には常に雲霧の絶さるを以て考へ知るへし夏中炎
暑にても繁茂の枝葉にのみ日光あたれは此枝葉を
翻刻者のメモ
- 「地極出地」 江戸時代の天文・測量用語で、天の極点(真北)の高度を指す用語。 — 三上正昭