Ryukoku University Library · 491.7-4-W-2 · Image terms · IIIF manifest
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右丁
せすに頓て蝦夷は浄瑠璃を語り又は歌を諷ひ
踊をおとりてけりかくのことく平気の楽をする其勇
気は感心せし事也予は食事はせす憂き艱難に
逢たる疲れ来り気力薄く元気なく然るに蝦
夷土人等の雄なる事を見て大に辟易したり
物を問事
一 寛政元己酉年七月江戸町人常陸屋五右衛門と言
者と伴ひ長崎俵物御用と号し蝦夷地にて往
返して松前に帰着し滞留せしに同年の夏東
蝦夷地に騒動ありて松前方へ味方せし蝦将蝦夷
左丁
人ともを呼よせしに天明六丙午の年にゆきし時に
蝦夷地の礼式を粗ならひ置けれは其礼式の礼儀を
尽して尋問せし故騒動の様子を明白に領解せし
なり其尋問の格式は先つ物を尋るに其許の噺は
ないかと問へは親父も存命親母も存命伯父母も存
命抔と答るにて問返して噺はないととふか定法也
答蝦夷人の親類死去したるをもしらす尋れは声
をあけて号泣し止ますよつて此方より其蝦夷の
親族を指して名をいふて尋れは愁傷の伏念を再
発するゆへ必す号呼泣すその跡にて其蝦夷人必す