樺太西岸のウショロ地方、後の鵜城・現在のオルロヴォ付近に対応する地名の候補。『蝦夷紀行』では北上の途中で到着し、さらに北へ向かう案内人を雇う。広域地名であり、文化年間の泊地を一つの集落に絞ることはできない。
名称の言語的由来は未確認。
参考文献
用例(3件)
- 龍谷大学図書館 · 第1冊 · 4コマ・19行 · ウシヨロ
…所に滞留し食料の貯なと調へて廿九日此所を出又奥地に向しに二月二日ウシヨロに至る是ゟ奥地ハ悉〳〵満州附属の夷域なれハ初島の夷恐怖する心あるに地夷の流言する処初島の夷奥地に…
- 龍谷大学図書館 · 第1冊 · 5コマ・9行 · ウシヨロ
…りしに海上猶凍合して船をやる事不能故に五月七日迄此所に滞留せしにウシヨロよりの傭夷また是より奥地に入事を憚りける故此所にして舟た一夷を傭先駈の者となしけれは後は皆漸に心…
- 龍谷大学図書館 · 第1冊 · 6コマ・13行 · ウシヨロ
…く此上ハ我一人山を越へ谷を渡りて東岸に至るへしと覚悟し泣夷ハ悉くウシヨロに帰し初より従ふ所の初島夷一人を残し置て此所に滞留し奥地の事とも地夷にたよりて質問せしにロシヤの…