日本
地名本文の表記 日本
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 日本語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
用例 1件
- 龍谷大学図書館 · 2コマ・3行 · 日本
…年の秋再ひ間宮林蔵をして北蝦夷の奥地に至らしむるに其年の七月十三日本蝦夷ソウヤを出帆して其日シラヌシに至る此所土着の住夷多からされハ従行の夷をやとふ事あたはす夷船の…
えぞ きこう · Ezo kikō · 間宮林蔵 · 散文 · 目録レコード
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本文の表記 日本
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 日本語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…年の秋再ひ間宮林蔵をして北蝦夷の奥地に至らしむるに其年の七月十三日本蝦夷ソウヤを出帆して其日シラヌシに至る此所土着の住夷多からされハ従行の夷をやとふ事あたはす夷船の…
本文の表記 北蝦夷
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 日本語
日本語の地域呼称。歴史的な範囲は本文の用例ごとに異なる。
…蝦夷紀行上蝦夷紀行巻之上文化五辰年の秋再ひ間宮林蔵をして北蝦夷の奥地に至らしむるに其年の七月十三日本蝦夷ソウヤを出帆して其日シラヌシに至る此所土着の住夷多から…
本文の表記 上蝦夷
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 日本語
日本語の地域呼称。歴史的な範囲は本文の用例ごとに異なる。
…蝦夷紀行上蝦夷紀行巻之上文化五辰年の秋再ひ間宮林蔵をして北蝦夷の奥地に至らしむるに其年の七月十三日本蝦夷ソウヤ…
本文の表記 ソウヤ
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
…ひ間宮林蔵をして北蝦夷の奥地に至らしむるに其年の七月十三日本蝦夷ソウヤを出帆して其日シラヌシに至る此所土着の住夷多からされハ従行の夷をやとふ事あたはす夷船の奥地に趣く…
本文の表記 からふと島 · カラフト島 · カラフト
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: アイヌ語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…コト何を経てテレンに至るの間其地は悉く塵土にして樹木の繁茂する事からふと島の地味に異なる事なし故に書下地勢樹木の事異状あるにあらされは論し出す事なし一此所朝蚊の多きこと殊…
…て土着の夷家有を見ぬ其夜は夷家に寓居す一住夷ハ山丹夷にして其形状カラフト島のスノレン夷に異なる事なし然共其器拭は満州の者多く陶器なと多く用ゆ衣服又木綿衣を着す故に女夷なと…
…居して交易をなして是に依てか所々酒宴等の事ありて鼓音なと響き大にからふと島中の寂寥として人なき如きの類にあらす一此所既にマンゴー河の河岸なり同八日キチーを発してマンゴー河…
…よりして奥地は気候少しく実して温暖なる事と覚ゆ故に草木の形状またカラフト奥地山旦地の多きにあらす青々蒼々として繁茂する故に南方諸夷地に見さる大材を産す天度にさまて隔絶な…
本文の表記 シラヌシ
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: アイヌ語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…夷の奥地に至らしむるに其年の七月十三日本蝦夷ソウヤを出帆して其日シラヌシに至る此所土着の住夷多からされハ従行の夷をやとふ事あたはす夷船の奥地に趣くものあるを待とかくして…
…を発し日数五日を経て同廿五(三?)日トンナイ地名に至る此所にまたシラヌシの如く番屋ありて番人是に居し地夷を指揮す土着の従夷も亦多き所なれハ則番人をして船子となすへき者を…
…る事ありて帰り来たる事を得さらむもはかりかたし其時ハ汝是を持帰りシラヌシの府に捧くへしと命し置ノテトの土夷四人 男夷 のみ ウヤクトウの夷三人 男一人女一人 児夷壱人 …
本文の表記 ロシヤ · 魯西亜
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…夷一人を残し置て此所に滞留し奥地の事とも地夷にたよりて質問せしにロシヤの経界も此島を去る事をからす時〳〵其属夷等船に乗して燧巧の火器を持しヲニヲーの海上に遊猟する事少…
…りけるに地夷漸々に和し来て相怪さるに至りけれハ時々東岸の地理東韃魯西亜の経界等之事を聞に此島は本より雑島にして接境の夷壌なく仮令東岸に至り得る共ロシヤの境界分余なるへ…
…事を聞に此島は本より雑島にして接境の夷壌なく仮令東岸に至り得る共ロシヤの境界分余なるへき事ならす東韃に入て其事実を極たらんハ安かるへしと聞へ且ハ其地猶此島の如くヲロツ…
本文の表記 満州
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…九日此所を出又奥地に向しに二月二日ウシヨロに至る是ゟ奥地ハ悉〳〵満州附属の夷域なれハ初島の夷恐怖する心あるに地夷の流言する処初島の夷奥地に入時ハ往時より交易の諸品を…
…ンアイノ抔称せる異類の夷其外にも種々の船八九艘も泊り在しといふ一満州夷カラツト島に到る時ハ大抵マンコー河を乗下りて島に達すといへ共或は此処に至て前の如く船を引越カム…
…如く船を引越カムカタに出ラツカに渡る事有と云一此処にてヲロツコ(満州地に居する者)キムンアイノの多夷粟を船夷に贈りし故炊き食して甚美なる事を覚ふと云同六日夕バマチー…
…丹夷にして其形状カラフト島のスノレン夷に異なる事なし然共其器拭は満州の者多く陶器なと多く用ゆ衣服又木綿衣を着す故に女夷なと何とな〳〵上品にして俣嫩艶の者多し一此所戸…
…て俣嫩艶の者多し一此所戸数凡弐拾許ありてハラタ壱人カーシンタ弐人満州通沢をつかさられる夷壱人ありて衆夷のよく知れる所なり一此地は旧満州夷仮府を置し処なれ共交易の事に…
…州通沢をつかさられる夷壱人ありて衆夷のよく知れる所なり一此地は旧満州夷仮府を置し処なれ共交易の事によりて庶夷と闘争わし事ありし(年歴不詳)ゆへ今廃すといふ一林蔵此地…
…争わし事ありし(年歴不詳)ゆへ今廃すといふ一林蔵此地に至りし時ハ満州夷来居して交易をなして是に依てか所々酒宴等の事ありて鼓音なと響き大にからふと島中の寂寥として人な…
…天度にさまて隔絶なくしてかゝる事有けるは可怪事なるへし一地夷の内満州夷の如く剃髪のものあるを見かけたれ共其住夷なるや否を問はさりしまゝ何者たる事を知らす同十一日ウル…
…らす同十一日ウルゲーを出凡四里許も上流しけるにテシンに至り着ぬ是満州の仮府の有処なり船夷シヤシを伴ひ来りたりと訴へけれは満州の官夷等泊宿して在ける廬船に伴ひ来るへし…
…り着ぬ是満州の仮府の有処なり船夷シヤシを伴ひ来りたりと訴へけれは満州の官夷等泊宿して在ける廬船に伴ひ来るへしと令しける故船夷舟をすヽめて廬船の側に至りしまヽ直に廬船…
…衆夷等又大に怪み群来て林蔵を弄する事またキチーに陪せりといふ其後満州夷其みつから乗所の船中に滞留すへしと云けれは船夷是を許さす遂に船夷の仮屋中に雑居す集居の夷日々仮…
…集居の夷日々仮屋に来りて林蔵を揶揄笑弄して其喧嘩なるに堪さりしに満州夷時ヽ来て是を制し夜中また此仮屋のみを廻見せしといふ…
本文の表記 朝鮮
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…月中往還の諸夷も大抵絶る間もなく林蔵此処に至りし時もケヤツカル(朝鮮界の地名)キムンアイノ抔称せる異類の夷其外にも種々の船八九艘も泊り在しといふ一満州夷カラツト島に…
本文の表記 東韃
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…てありけるに地夷漸々に和し来て相怪さるに至りけれハ時々東岸の地理東韃魯西亜の経界等之事を聞に此島は本より雑島にして接境の夷壌なく仮令東岸に至り得る共ロシヤの境界分余…
…境の夷壌なく仮令東岸に至り得る共ロシヤの境界分余なるへき事ならす東韃に入て其事実を極たらんハ安かるへしと聞へ且ハ其地猶此島の如くヲロツコ〇スメレンクル〇シルンアイノ…
…探り尽さすして帰り来らんも再見を命せられし其詮あるましく思ひ何卒東韃入貢の時に至て伴ひ行ん事を約せんと思ひ日頃媚置し女夷等に語りて其事を説せけれは男夷事故なくうけが…
… 長凡五尋余 巾凡四尺計 一艘に乗組六月廿六日ノテトの崎を発して東韃地方に赴しに其日風が為あしく潮路又つよく起り軽軟の夷船是を凌行事あたはす終に船を返してラツカの崎…
…は猶濃〱として東西を弁知しかたし洋中を行事凡三里半余りにして初て東韃の地方モトマルと名付たる崎を見かけ夫より地方に添ふて南流しカムカタと称せる崎に至りけるに此所湖瀬…
本文の表記 山旦
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…夷を傭先駈の者となしけれは後は皆漸に心を安ふし船を出すへきも及ひ山旦船一艘を借て(山旦船の図前偏に出すコルデツケの送る所なり是ゟ奥地ハ湖頗多くして初島歌弱の船を以て…
…しけれは後は皆漸に心を安ふし船を出すへきも及ひ山旦船一艘を借て(山旦船の図前偏に出すコルデツケの送る所なり是ゟ奥地ハ湖頗多くして初島歌弱の船を以て進退する事あたはす…
…み ウヤクトウの夷三人 男一人女一人 児夷壱人 林蔵を会して八人山旦船 長凡五尋余 巾凡四尺計 一艘に乗組六月廿六日ノテトの崎を発して東韃地方に赴しに其日風が為あし…
…は気候少しく実して温暖なる事と覚ゆ故に草木の形状またカラフト奥地山旦地の多きにあらす青々蒼々として繁茂する故に南方諸夷地に見さる大材を産す天度にさまて隔絶なくしてか…
本文の表記 山丹夷 · 山旦夷
本文で用いられる集団の呼称。現代の民族名・集団との対応は未確認。
比定・解釈未確定
…此所を発船し日数十三日を経て同十五日リヨナイに泊しぬるに翌十六日山丹夷数十人船六艘ニ乗組此所に来り従夷を捕へて種々の謎言妄語をなし奥地に至る事成かたしなと罵り且其齎し…
…置し続の為に質となし奥地の夷是を捕らんといたしなと聞及ひれは去年山丹夷の狼藉を思ひ出し従夷等悉く恐怖し更に従ひ行へしといふ者なし故に六夷の内悍骨なる者一人を残し余は悉…
…より此処に至りて初て土着の夷家有を見ぬ其夜は夷家に寓居す一住夷ハ山丹夷にして其形状カラフト島のスノレン夷に異なる事なし然共其器拭は満州の者多く陶器なと多く用ゆ衣服又木…
…渓遽造の仮屋なれハ雨漏りて一身全く湿ひ終夜寝る事あたはす此処また山旦夷五六戸の部落なり一マンコー河ハ聞しにも勝りたる大河にして其名義も錯報すれは林蔵経る所又は諸夷の伝…
…崖に船を繋き仮屋をいとなみ泊しける其地名を問にコルヘしと名付たる山旦夷五六戸の部落なりと答ふ同十日又船を出して二里半許に流しウルケーといふ処に至りしに此所コルデツケと…
…買の事ありて其日は此処に滞泊す一地夷の容貌理髪其他衣類に至るまて山旦夷に異る事なし其言語は小異ありといへ共一日の滞泊中其詳なる事を知らす一此夷種総て海松の大材を以船を…
本文の表記 ヲロツコ
本文で用いられる集団の呼称。現代の民族名・集団との対応は未確認。
比定・解釈未確定
…東韃に入て其事実を極たらんハ安かるへしと聞へ且ハ其地猶此島の如くヲロツコ〇スメレンクル〇シルンアイノ〇キムンアイノ〇サンタン〇コルテツケ〇キヤツカラ〇キーレンなと称す。…
…されは悉く海浜河岸に仮屋を造り是に泊す下是に倣ふ一仮屋の製前篇中ヲロツコの部に載する如き椛木皮を以屋を覆ふ其状図の如し其同ねハ大抵柳枝の直なりを切来りて地上に立是を造る…
…に至て前の如く船を引越カムカタに出ラツカに渡る事有と云一此処にてヲロツコ(満州地に居する者)キムンアイノの多夷粟を船夷に贈りし故炊き食して甚美なる事を覚ふと云同六日夕バ…
本文の表記 スメレンクル
本文で用いられる集団の呼称。現代の民族名・集団との対応は未確認。
比定・解釈未確定
…其事実を極たらんハ安かるへしと聞へ且ハ其地猶此島の如くヲロツコ〇スメレンクル〇シルンアイノ〇キムンアイノ〇サンタン〇コルテツケ〇キヤツカラ〇キーレンなと称す。る異族のもの幾…
本文の表記 シルンアイノ
本文で用いられる集団の呼称。現代の民族名・集団との対応は未確認。
比定・解釈未確定
…んハ安かるへしと聞へ且ハ其地猶此島の如くヲロツコ〇スメレンクル〇シルンアイノ〇キムンアイノ〇サンタン〇コルテツケ〇キヤツカラ〇キーレンなと称す。る異族のもの幾種ともなく其部…
本文の表記 キムンアイノ
本文で用いられる集団の呼称。現代の民族名・集団との対応は未確認。
比定・解釈未確定
…と聞へ且ハ其地猶此島の如くヲロツコ〇スメレンクル〇シルンアイノ〇キムンアイノ〇サンタン〇コルテツケ〇キヤツカラ〇キーレンなと称す。る異族のもの幾種ともなく其部落をわかてる諏…
…も大抵絶る間もなく林蔵此処に至りし時もケヤツカル(朝鮮界の地名)キムンアイノ抔称せる異類の夷其外にも種々の船八九艘も泊り在しといふ一満州夷カラツト島に到る時ハ大抵マンコー河…
…タに出ラツカに渡る事有と云一此処にてヲロツコ(満州地に居する者)キムンアイノの多夷粟を船夷に贈りし故炊き食して甚美なる事を覚ふと云同六日夕バマチーを発して縁を下りけるに此川…
本文の表記 コルデツケ · コルテツケ
本文で用いられる集団の呼称。現代の民族名・集団との対応は未確認。
比定・解釈未確定
…を安ふし船を出すへきも及ひ山旦船一艘を借て(山旦船の図前偏に出すコルデツケの送る所なり是ゟ奥地ハ湖頗多くして初島歌弱の船を以て進退する事あたはす故に地夷の用る所上且船を借…
…くヲロツコ〇スメレンクル〇シルンアイノ〇キムンアイノ〇サンタン〇コルテツケ〇キヤツカラ〇キーレンなと称す。る異族のもの幾種ともなく其部落をわかてる諏なれ共何国の属夷なる事…
…ふ同十日又船を出して二里半許に流しウルケーといふ処に至りしに此所コルデツケと名付たる異族夷の部落船夷等船を買の事ありて其日は此処に滞泊す一地夷の容貌理髪其他衣類に至るまて…
本文の表記 キヤツカラ
本文で用いられる集団の呼称。現代の民族名・集団との対応は未確認。
比定・解釈未確定
…スメレンクル〇シルンアイノ〇キムンアイノ〇サンタン〇コルテツケ〇キヤツカラ〇キーレンなと称す。る異族のもの幾種ともなく其部落をわかてる諏なれ共何国の属夷なる事も分明ならす…
本文の表記 キーレン
本文で用いられる集団の呼称。現代の民族名・集団との対応は未確認。
比定・解釈未確定
…〇シルンアイノ〇キムンアイノ〇サンタン〇コルテツケ〇キヤツカラ〇キーレンなと称す。る異族のもの幾種ともなく其部落をわかてる諏なれ共何国の属夷なる事も分明ならす所謂テレン…
本文の表記 スノレン
本文で用いられる集団の呼称。現代の民族名・集団との対応は未確認。
比定・解釈未確定
…有を見ぬ其夜は夷家に寓居す一住夷ハ山丹夷にして其形状カラフト島のスノレン夷に異なる事なし然共其器拭は満州の者多く陶器なと多く用ゆ衣服又木綿衣を着す故に女夷なと何とな〳〵…
本文の表記 トンナイ
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…逗留し同十七日夷船に乗組此所を発し日数五日を経て同廿五(三?)日トンナイ地名に至る此所にまたシラヌシの如く番屋ありて番人是に居し地夷を指揮す土着の従夷も亦多き所なれハ則…
…船と共に夷家に託し置六夷を牽ひて積雪をおかし陸行して十一月廿六日トンナイに帰り至り夷家に寓宿して其年を踰へ巳年正月廿八日まて此所に滞留し食料の貯なと調へて廿九日此所を出…
本文の表記 リヨナイ
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…て漸く船子六人を雇ひ八月三日此所を発船し日数十三日を経て同十五日リヨナイに泊しぬるに翌十六日山丹夷数十人船六艘ニ乗組此所に来り従夷を捕へて種々の謎言妄語をなし奥地に至る…
…と云て強ゆへからさる勢なれは已事を得すして終に船を返し九月十四日リヨナイに帰り着ぬ去にても此志を空して徒に帰りさらん事の口惜けれハ如何にもして帰上の凍合するを待水上を経…
本文の表記 トツシヨカウ
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…の間日数十一日にして漸風波も穏なれハ同月廿五日此所を出て九月三日トツシヨカウに至り付ぬるに是より奥地ハ異俗の夷域に入事既に深く且日を追て寒威増劇に趣き貯糧も又多からされは従…
本文の表記 ウシヨロ
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…所に滞留し食料の貯なと調へて廿九日此所を出又奥地に向しに二月二日ウシヨロに至る是ゟ奥地ハ悉〳〵満州附属の夷域なれハ初島の夷恐怖する心あるに地夷の流言する処初島の夷奥地に…
…りしに海上猶凍合して船をやる事不能故に五月七日迄此所に滞留せしにウシヨロよりの傭夷また是より奥地に入事を憚りける故此所にして舟た一夷を傭先駈の者となしけれは後は皆漸に心…
…く此上ハ我一人山を越へ谷を渡りて東岸に至るへしと覚悟し泣夷ハ悉くウシヨロに帰し初より従ふ所の初島夷一人を残し置て此所に滞留し奥地の事とも地夷にたよりて質問せしにロシヤの…
本文の表記 ノテト
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…を残し余は悉く帰り去しめ漸にして地夷五人を雇ひ舟を出して四月九日ノテトの崎に至りしに海上猶凍合して船をやる事不能故に五月七日迄此所に滞留せしにウシヨロよりの傭夷また是…
…に至つきぬ此ところ北島極北の地にして夷家わつかに五六屋ある処なりノテトより此所に至ルの間嶋と素韃地の相対せる廻海にして潮水悉く南に流れ其間瀬路ありといへとも波涛激沸の…
…夷従ひ行事をかえんせす已事を得すして同十七日船を返し同十九日終にノテトに帰り至りぬ貯糧既ニ尽なんとすれハ心を用ひて米飯をくらわす大抵魚肉草根木実のみ食し其精心の不堪に…
…むもはかりかたし其時ハ汝是を持帰りシラヌシの府に捧くへしと命し置ノテトの土夷四人 男夷 のみ ウヤクトウの夷三人 男一人女一人 児夷壱人 林蔵を会して八人山旦船 長凡…
…を会して八人山旦船 長凡五尋余 巾凡四尺計 一艘に乗組六月廿六日ノテトの崎を発して東韃地方に赴しに其日風が為あしく潮路又つよく起り軽軟の夷船是を凌行事あたはす終に船を…
本文の表記 イクタマー
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…たはす故に地夷の用る所上且船を借るといふ)同八日此所を発し同十日イクタマーに至りしに従夷亦行事を恐るゝに依て止事を得す地夷壱人を傭ふてまた先ン導となし同十二日此所を発し其…
本文の表記 ナニヲー
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…止事を得す地夷壱人を傭ふてまた先ン導となし同十二日此所を発し其日ナニヲーに至つきぬ此ところ北島極北の地にして夷家わつかに五六屋ある処なりノテトより此所に至ルの間嶋と素韃…
本文の表記 ヲニヲー
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…界も此島を去る事をからす時〳〵其属夷等船に乗して燧巧の火器を持しヲニヲーの海上に遊猟する事少からすと聞けれハ猶更ニ其経界の詳を極さらんも云かいなき事と思ひ幾年此所にあり…
本文の表記 テレン
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…ともなく其部落をわかてる諏なれ共何国の属夷なる事も分明ならす所謂テレンの官府と称する者何者の置し所にて言語ふ通の夷活なれは詳にする事あたわす命なくして異域に入も亦た国…
…抵遠浅にして磯船たにも進退する事かたし一此辺よりヤンコト何を経てテレンに至るの間其地は悉く塵土にして樹木の繁茂する事からふと島の地味に異なる事なし故に書下地勢樹木の事…
…東鞋の属夷ハ論なく其地東南の海岸四百余里の間に住める諸韃種の夷人テレンに至て交易する者ハ悉く此所に陸上挽船する事皆如斯する事なれハ此前の山路は大なる街道の如く旦夏月中…
…至りて齎し行処の獣皮を以船一艘を易へ得是より諸雑器を二艘に分積しテレンに趣くといふ一此辺よりして奥地は気候少しく実して温暖なる事と覚ゆ故に草木の形状またカラフト奥地山…
本文の表記 テシン
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…まゝ何者たる事を知らす同十一日ウルゲーを出凡四里許も上流しけるにテシンに至り着ぬ是満州の仮府の有処なり船夷シヤシを伴ひ来りたりと訴へけれは満州の官夷等泊宿して在ける廬…
本文の表記 ウヤクトウ
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…帰りシラヌシの府に捧くへしと命し置ノテトの土夷四人 男夷 のみ ウヤクトウの夷三人 男一人女一人 児夷壱人 林蔵を会して八人山旦船 長凡五尋余 巾凡四尺計 一艘に乗組六月…
本文の表記 ラツカ
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…あしく潮路又つよく起り軽軟の夷船是を凌行事あたはす終に船を返してラツカの崎に至りぬるに日々風波あしく日数五日の間此所に繋泊す時三伏の候といへとも風殊に冷に烟霧日々濃朦…
…下りて島に達すといへ共或は此処に至て前の如く船を引越カムカタに出ラツカに渡る事有と云一此処にてヲロツコ(満州地に居する者)キムンアイノの多夷粟を船夷に贈りし故炊き食し…
本文の表記 モトマル
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…して東西を弁知しかたし洋中を行事凡三里半余りにして初て東韃の地方モトマルと名付たる崎を見かけ夫より地方に添ふて南流しカムカタと称せる崎に至りけるに此所湖瀬ありて怒涛の激…
本文の表記 カムカタ
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…て東韃の地方モトマルと名付たる崎を見かけ夫より地方に添ふて南流しカムカタと称せる崎に至りけるに此所湖瀬ありて怒涛の激沸する事実に急何の如くなれハ夷船既にたえさらんとする…
…して空船となし地上に挽揚るとする事のありて其日は此所にて暮しつ一カムカタより此所に至るの海岸凡六里許の間大底岩角あしき処のみ多く殊に出碑ある処は悉く潮水ありて波濤の滞湧…
…ンコー河を乗下りて島に達すといへ共或は此処に至て前の如く船を引越カムカタに出ラツカに渡る事有と云一此処にてヲロツコ(満州地に居する者)キムンアイノの多夷粟を船夷に贈りし…
本文の表記 口ヽカマチー · ロヽカマチー
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…船既にたえさらんとする事数度なりしを漸凌行て路の程凡十丁半南の方口ヽカマチーと称する所に至り入湾の内に船をつなきて和潮を待の間炎等驚魚を釣て水煮し是を喰しむ草根不満の腹中僅…
…に滝壺の如し是によつて舟をよすへきの地方稀にして只上につらねたるロヽカマチー。アルコヱ。ムシホーの三処あるのみ然共何れの処も人家有にもあらす只船を繋〳〵に便よく且ハ産魚も有…
本文の表記 アルコヱ
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…に漸減潮の候にむかゆ波濤も漸に静なれは其所を出て一里半斗行其夜はアルコヱと称する所に泊しぬ一往道中の泊所何れの所といへ共夷船に寓するに有されは悉く海浜河岸に仮屋を造り是…
…によつて舟をよすへきの地方稀にして只上につらねたるロヽカマチー。アルコヱ。ムシホーの三処あるのみ然共何れの処も人家有にもあらす只船を繋〳〵に便よく且ハ産魚も有て良糧を取…
本文の表記 トウシボー
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…一夜も水上に浮繁する事なし亦難苦の一端といふへし同三日船を出してトウシボー泊湾トヱカクラカローなと称する所を過ムシホーと称する所に至て泊す同四日此所にして船中の雑具残して…
本文の表記 トヱカクラカロー
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…繁する事なし亦難苦の一端といふへし同三日船を出してトウシボー泊湾トヱカクラカローなと称する所を過ムシホーと称する所に至て泊す同四日此所にして船中の雑具残して取置して空船となし地…
本文の表記 ムシホー
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…し同三日船を出してトウシボー泊湾トヱカクラカローなと称する所を過ムシホーと称する所に至て泊す同四日此所にして船中の雑具残して取置して空船となし地上に挽揚るとする事のあり…
…をよすへきの地方稀にして只上につらねたるロヽカマチー。アルコヱ。ムシホーの三処あるのみ然共何れの処も人家有にもあらす只船を繋〳〵に便よく且ハ産魚も有て良糧を取得へき所な…
…て夷と共に是を挽に其流水殊に清冷骨に徹して疼痛するに堪す蚊多し是ムシホーの如く烟霧又咫尺を弁せす漸にしてキチー湖の源に出けれハ夫よりハ水も深く停滞する処もなくウルホーと…
本文の表記 タバマチー · 夕バマチー
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…す同五日にハ昨日明置たる空船を盪挽し其程二拾余ても有ける山路を越タバマチーと称せる小川に亘り船をは川中に浮め置帰り来て荷物何くさと負担し夷共に其所に運送り其日一日中往返の…
…イノの多夷粟を船夷に贈りし故炊き食して甚美なる事を覚ふと云同六日夕バマチーを発して縁を下りけるに此川は小川にして処々に岩瀬多く流下すへからさる処も有けれハ船を下りて夷と共…
本文の表記 ケヤツカル
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…道の如く旦夏月中往還の諸夷も大抵絶る間もなく林蔵此処に至りし時もケヤツカル(朝鮮界の地名)キムンアイノ抔称せる異類の夷其外にも種々の船八九艘も泊り在しといふ一満州夷カラツ…
本文の表記 マンコー河 · マンゴー河
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…も種々の船八九艘も泊り在しといふ一満州夷カラツト島に到る時ハ大抵マンコー河を乗下りて島に達すといへ共或は此処に至て前の如く船を引越カムカタに出ラツカに渡る事有と云一此処に…
…響き大にからふと島中の寂寥として人なき如きの類にあらす一此所既にマンゴー河の河岸なり同八日キチーを発してマンゴー河を上りけるに烈風にして船をやるへからす僅一里余上流してカ…
…きの類にあらす一此所既にマンゴー河の河岸なり同八日キチーを発してマンゴー河を上りけるに烈風にして船をやるへからす僅一里余上流してカウタヱと称する処に泊す其夜大雨なりしに河…
…て一身全く湿ひ終夜寝る事あたはす此処また山旦夷五六戸の部落なり一マンコー河ハ聞しにも勝りたる大河にして其名義も錯報すれは林蔵経る所又は諸夷の伝説する所水道の屈曲河中の産物…
本文の表記 キチー湖
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…て疼痛するに堪す蚊多し是ムシホーの如く烟霧又咫尺を弁せす漸にしてキチー湖の源に出けれハ夫よりハ水も深く停滞する処もなくウルホーと称する所を過きキチー湖に入ぬ一此湖水の両…
…出けれハ夫よりハ水も深く停滞する処もなくウルホーと称する所を過きキチー湖に入ぬ一此湖水の両岸大抵石窟多く其広き所に至りては両岸の直径凡一里許にして其中彼岸の類もなく浩々…
本文の表記 キンチミ
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…の如し同七日天湖中を行事凡二里半許にしてキチー(本邦の人伝称するキンチミなるものこれなり)と称する処に至りしに住夷等大に怪みて数十人群集して林蔵を囲み懐を探り衣をひき手…
本文の表記 キチー
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…く浩々たる一大湖なり此湖時として水涸或は其半を減し又は大に減してキチーの辺に至る事あり夷等不幸にして其時に当り此所に至る時は泥上小船を挽き許多くの難苦を経てマンコーの…
…足の凍寒する事本邦の厳冬の如し同七日天湖中を行事凡二里半許にしてキチー(本邦の人伝称するキンチミなるものこれなり)と称する処に至りしに住夷等大に怪みて数十人群集して林…
…として人なき如きの類にあらす一此所既にマンゴー河の河岸なり同八日キチーを発してマンゴー河を上りけるに烈風にして船をやるへからす僅一里余上流してカウタヱと称する処に泊す…
…て後厨房の処に蹲居せしに衆夷等又大に怪み群来て林蔵を弄する事またキチーに陪せりといふ其後満州夷其みつから乗所の船中に滞留すへしと云けれは船夷是を許さす遂に船夷の仮屋中…
本文の表記 ウルホー
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…す漸にしてキチー湖の源に出けれハ夫よりハ水も深く停滞する処もなくウルホーと称する所を過きキチー湖に入ぬ一此湖水の両岸大抵石窟多く其広き所に至りては両岸の直径凡一里許にし…
本文の表記 スツクチンカター
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…船を挽き許多くの難苦を経てマンコーの河に達すといふ其夜ハ潮の中史スツクチンカターと称する処にて泊しぬるに殊に冷風にして手足の凍寒する事本邦の厳冬の如し同七日天湖中を行事凡二里半…
本文の表記 カウタヱ
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…マンゴー河を上りけるに烈風にして船をやるへからす僅一里余上流してカウタヱと称する処に泊す其夜大雨なりしに河渓遽造の仮屋なれハ雨漏りて一身全く湿ひ終夜寝る事あたはす此処ま…
本文の表記 コルヘし
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…距み漸く日暮て後岩崖に船を繋き仮屋をいとなみ泊しける其地名を問にコルヘしと名付たる山旦夷五六戸の部落なりと答ふ同十日又船を出して二里半許に流しウルケーといふ処に至りしに…
本文の表記 ウルケー · ウルゲー
本文に地名として現れる名称。現代の所在地との対応は未確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…たる山旦夷五六戸の部落なりと答ふ同十日又船を出して二里半許に流しウルケーといふ処に至りしに此所コルデツケと名付たる異族夷の部落船夷等船を買の事ありて其日は此処に滞泊す一…
…けたれ共其住夷なるや否を問はさりしまゝ何者たる事を知らす同十一日ウルゲーを出凡四里許も上流しけるにテシンに至り着ぬ是満州の仮府の有処なり船夷シヤシを伴ひ来りたりと訴へけ…