『蝦夷草紙』龍谷大学本が北海道のくびれた所の山越えの通路と説明する名。口蝦夷と奥蝦夷を区別する地理的目印で、他本は「シフワ」越と翻刻される。支笏・千歳方面との関係が考えられるが、現代のどの道路に当たるかは不明。
名称の言語的由来は未確認。
用例(1件)
- 龍谷大学図書館 · 第1冊 · 22コマ・3行 · シコツ越
…弁すへし扨口蝦夷と奥ゑぞとを弁するには瓢覃の中かくれたる形の所をシコツ越といふて山越の通路あり此山越し道より松前の方を蝦夷地と言又遠方を奥蝦夷といふなり又アイノの地とシ…
えぞ そうし · Ezo sōshi · 最上徳内 · 1790 · 地誌 · 地名 · 集字 · 目録レコード
この資料に現れる固有名・語句と、各写本の出現箇所。
『蝦夷草紙』龍谷大学本が北海道のくびれた所の山越えの通路と説明する名。口蝦夷と奥蝦夷を区別する地理的目印で、他本は「シフワ」越と翻刻される。支笏・千歳方面との関係が考えられるが、現代のどの道路に当たるかは不明。
名称の言語的由来は未確認。
…弁すへし扨口蝦夷と奥ゑぞとを弁するには瓢覃の中かくれたる形の所をシコツ越といふて山越の通路あり此山越し道より松前の方を蝦夷地と言又遠方を奥蝦夷といふなり又アイノの地とシ…
メナシはアイヌ語の東方を表す語に関わる地域呼称。蝦夷地の東側、特に根室・知床方面を指す用法がある。『蝦夷草紙』でも箇所によって指す範囲が異なり、語彙表の「東」という訳語と地名としての用法は別物。
名称の言語的由来は未確認。
…て骨の顕れたるところはシヤモの地也紙の通はアイノの地なり右の角はメナシ左の角はソウヤにあたる二形共に図を見て察すべし西の方を西ゑそといひ又上蝦夷ともいふ東の方を東蝦夷…
本文の表記 スカエ河
『蝦夷草紙』龍谷大学本で恵山の下を流れる小河として記される。水は澄んで冷たいが酸味・渋味があるとされ、硫黄・明礬との関係が説明される。火山周辺の水質の記事に属する地名。
名称の言語的由来は未確認。
…常に濁りて一日も水底見ゆる事なし又エサンといふ大山あり其山の下にスカエ河といふ小河あり水色清く冷にして味ひ甚た酸し渋し此山上に硫黄明礬多し仍て其岸此河に流れ落る故なるへ…
『蝦夷草紙』で奥山に温泉があり、その傍の湧水が有害と伝えられる村。国文学研究資料館本は「尻内」、龍谷大学本は「尻田」と翻刻される。知内方面が候補となる。毒水の話は『蝦夷草紙』の伝聞。
名称の言語的由来は未確認。
…る故なるへし或人の説に石膏蘆眼石も有といへり然といへとも予未見す尻田といふ村あり此村の山奥に温泉あり其かたはらに毒水湧出て流る鳥獣等しらずして此水を呑て即死すといえ…
『蝦夷草紙』で乙名シヨンコ/シユシユの所在地として記される。熊胆の鑑定に通じた人々を呼ぶ場面に現れ、二つの写本で地名の翻刻が異なる。この音形だけでは現代の集落を特定できない。
名称の言語的由来は未確認。
…舞ふを蝦夷土地の定例とす時に松前所在島の内アツケシの小使シモチノツカモウの乙名シユシユ及ひクナシリ島の乙名サンキチ脇乙名ツキノエ等を呼出し此者共は何れもクナシリ島近所百…
利尻山(りしりざん)。北海道北部の利尻島中央にそびえる火山。『蝦夷草紙』の山名は島名に山を表す語が付いた形で記録されている。
名称の言語的由来は未確認。
…には松前所在島の内にはシリベツノホリ〇アカンノホリ次にイシリ嶋のリイシリノホリ次にクナシリ島の内ノホルハタ等各雲外にそひへたつ浚嶺なる高山也其外松前所在島の内センチンエサシ〇…
『蝦夷草紙』龍谷大学本が国後島にある高山として挙げる名称。利尻の山に続く高山の列挙に現れる。国後のどの峰を指すかは追加の山名資料が必要。
名称の言語的由来は未確認。
…ホリ〇アカンノホリ次にイシリ嶋のリイシリノホリ次にクナシリ島の内ノホルハタ等各雲外にそひへたつ浚嶺なる高山也其外松前所在島の内センチンエサシ〇大田山〇ヲセヤウ〇タルマイ〇…
『蝦夷草紙』が大田山などと並べる高山名の翻刻。二つの写本で字形が異なり、センケンとエサシを別名として区切る可能性も残る。現代のどの山に当たるかは未確定。
名称の言語的由来は未確認。
…内ノホルハタ等各雲外にそひへたつ浚嶺なる高山也其外松前所在島の内センチンエサシ〇大田山〇ヲセヤウ〇タルマイ〇ヤハツ〇エウバリ等の高山其外数多し沼には松前所在島の内にトウフウ〇…
『蝦夷草紙』龍谷大学本で厚岸湖・ヲンネトウに続く湖名。国文学研究資料館本の対応箇所は「フウレントウ」で、風蓮湖の表記差と考えられる。『蝦夷草紙』は海水が出入りする湖として説明する。
名称の言語的由来は未確認。
…するいとまあらす又湖水には松前在所嶋の内アツケシトウ〇ヲンネトウフウシントウ〇此等皆海水往来して潮汐の干満ある也各曰鳥雁鴨等あり又鮭鱒多し其外北蝦夷地には高山多く湖水の沼地…
熊石(くまいし)。現在の北海道八雲町西部、日本海岸の地域。近世には和人地と西蝦夷地の往来を管理する番所が置かれ、『蝦夷草紙』の境界・村落の説明に現れる。
名称の言語的由来は未確認。
…するの礼儀也といへり槌打鶴の舞の事御代替りの巡検使は松前より西は熊石村東は亀田村を限て是より奥蝦夷には行さる先例也松前ゟは日本道凡三十里程つゝ隔つ也此両村に蝦夷土人大…
襟裳(えりも)。北海道日高地方南端の岬とその沿岸域。太平洋沿岸を往来する際の地理的な目印で、表記「ヱリモ」は現在の襟裳に対応する。
名称の言語的由来は未確認。
…なし又ウラカハといふ所に金山跡也是は堀たらは出へきと思はるゝ其外アリモ辺ラツユ島等にあり又深山に有へき歟未開の大国なれは明細に探索に及ひ難し時を得て達べし銀山古来より…
『蝦夷草紙』龍谷大学本の銀山の記事に現れる山名。ユウテツブ山と並ぶ西蝦夷地の奥山で、筆者は未訪問のため詳しい風説を挙げ難いと述べる。現代名との対応は未確定。
名称の言語的由来は未確認。
…は明細に探索に及ひ難し時を得て達べし銀山古来より銀山の沙汰はなしカワクン山ユウテツブ山等にあり西蝦夷地は深山多し依ておくゆかしけれとも予未到なれは風説は挙かたし銅山東蝦夷…
『蝦夷草紙』龍谷大学本でカワクン山と並ぶ山。西蝦夷地の鉱物資源の記事に現れるが、筆者は未到の山域とする。音の似た現在の山名があるが、同じ山かは不明。
名称の言語的由来は未確認。
…索に及ひ難し時を得て達べし銀山古来より銀山の沙汰はなしカワクン山ユウテツブ山等にあり西蝦夷地は深山多し依ておくゆかしけれとも予未到なれは風説は挙かたし銅山東蝦夷地シリベツの…
『蝦夷草紙』で見市村の奥にあり、良質な鉛を産するとされる山。江差の人が掘った時の産出量を伝える。国文学研究資料館本のラホマ岳と龍谷大学本のヲボユ山岳は並行箇所の異なる翻刻。
名称の言語的由来は未確認。
…有鉄山箱館在の大森村石崎村等にありその外諸所に多し鉛山見市村の春ヲボユ山岳最上たるといふ先年江指村の堀たる時に一ヶ年に三百箇程出来たり其外赤神村江枝村等にもある也黄銅メ…
本文の表記 メツノイヲヽストロフ
『蝦夷草紙』で黄銅を産するとロシア人が伝えた島の名。ロシア語の「銅の島」に関わるメドヌイ島の呼称が候補で、龍谷大学本にはメツノイヲヽストロフという形がある。鉱物の性質は伝聞として記す。
本文はロシア側から伝えられた名称として記す。語源・現代地名との照合は未了。
…たる時に一ヶ年に三百箇程出来たり其外赤神村江枝村等にもある也黄銅メツノイヲヽストロフといふ島にあり此金日本にていまた不見生れなから金色なる銅にて真鍮の柔かなる様なりと赤人渉海して予…
大野村の百姓で、著者が旅宿した家の主人。荒起を重視する耕作法について質問に答える。『蝦夷草紙』の写本間で「若林茂兵衛」「荒林儀兵衛」と人名表記が異なる。
…皆猟業を専務とすれとも前件の村々は耕作を専一の業とす余大野むらの荒林儀兵衛といふ百姓の宅に旅宿せし時に耕作の事尋て聞て荒起を重とするといふ予聞て曰荒起とは何の事そといへは…
『蝦夷草紙』で乙名として酒宴に呼び出される人物。対応箇所の人名が国文研本ではシヨンコ、龍谷本ではシユシユと読まれている。所属の地名も写本によって異なる。
…の定例とす時に松前所在島の内アツケシの小使シモチノツカモウの乙名シユシユ及ひクナシリ島の乙名サンキチ脇乙名ツキノエ等を呼出し此者共は何れもクナシリ島近所百余里隔たる所の…
本文の表記 マウラカアイノ · マウラカ
択捉島シャルシャムの乙名。島内で名高く、知慮が深いと『蝦夷草紙』に記される。厚岸のイコトイはその婿で、来訪時の饗応の場面に登場する。写本によってマウラカアイノ等と表記される。
…トロフ嶋の奥シヤルシヤムといふ所に同年五月五日に着岸す此所の乙名マウラカアイノといふ此ものは尊島中に名高き大身にて智略深く土人大に恐れ敬ふ者也時にイコトイは渠か聟なれは饗応に…
…の久々逢されは懐敷珍しとて対面の酒宴あり余も其聟のイコトイと倶にマウラカアイノか宅え行けるに亭主マウラカは上座の右の隅に居り聟の賓客イコトイは下座の左の隅に居る於是相互に恐々…
…酒宴あり余も其聟のイコトイと倶にマウラカアイノか宅え行けるに亭主マウラカは上座の右の隅に居り聟の賓客イコトイは下座の左の隅に居る於是相互に恐々として言語を発せす暫く有て…
白糠の乙名として、通詞の留川長右衛門が用意した器物を見て喜ぶ逸話に登場する。対応箇所の人名は写本によってユタカ・コタカと異なる。
…けり長右衛門此箱至来しけれは急き其筥を彼乙名にいひ遣しけるに乙名コタカ聞て急き長右衛門か居る運上小屋に来る長右衛門コタカに対面して曰此度松前表より良器至来せり依て呼に…
…遣しけるに乙名コタカ聞て急き長右衛門か居る運上小屋に来る長右衛門コタカに対面して曰此度松前表より良器至来せり依て呼に進せたりといふコタカその器を見て大に悦ひ天地開けて…
…タカに対面して曰此度松前表より良器至来せり依て呼に進せたりといふコタカその器を見て大に悦ひ天地開けてより如此の珍器珍物はよもあらしと思ひ勇み進んて交易せり此代物に干魚…
…是を見て一坐の長夷をはじめ大勢大に興をさまし気毒かりけれは亭主のコタカ大に怒りて曰我此器物を求めし時は莫太の代呂物と交易せしに如斯の紛れ物を以て我産物をうはひ取たるな…
…をうはひ取たるならんとて憤りて頓て運上小屋に行通詞長右衛門に進てコタカいわく彼珍器は全く紛敷物ならんか濁酒を盛たれは内は尽て兀けたりといふ爰に長右衛門これを聞て大に困…
松前で山伏の大聖院が大漁祈願を行った場所の説明に現れる堂名。その奥山に百日間こもったとする。『蝦夷草紙』の対応箇所は写本により地蔵堂・土蔵堂と異なる。
…部佐井村の大聖院といふ此地に来りて鯡大猟の祈祷を修するとて松前の土蔵堂の山奥に一百日の大願を立て木食に引こもりて祈祷し又同所弁才天堂と城内の稲荷大明神とに一七日断食し…
年紀。西暦未換算。
…家数も増益する故に米穀の価も高直になり止事なきよし委細の物語なり天明九年の寛政元年己酉七月常盤屋五左衛門と予其挨拶に辟易致けり鯡魚を占ふ事一松前にて毎年節分に打たる砂豆…