シユツ
地名本文の表記 シユツ
砂金場の列挙に現れる地名。比定未詳。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: アイヌ語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
用例 1件
- 筑波大学附属図書館 · 14コマ・17行 · シユツ
…ケ岳シリウチ東蝦夷地にてはクンヌ。ケンスイ。ウンベツ。ユウハリ。シユツ等をはしめ一場所とても数十里にわたりたる場所有て広大なる事ともなり西はハホロとて是は海より上る砂…
ほっかい ずいひつ · Hokkai zuihitsu · 板倉源次郎 · 1739 · 散文 · 目録レコード
この資料に現れる固有名・語句と、各写本の出現箇所。
翻刻済みの本文を対象とする初期の索引です。未検出・誤検出が残る可能性があります。地名の由来言語と語句の記録言語を区別し、未確認の判定は暫定・未詳と表示します。本文は伝聞・伝承・著者の推測を含み、地名の出現は訪問の証拠とは限りません。
本文の表記 シユツ
砂金場の列挙に現れる地名。比定未詳。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: アイヌ語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…ケ岳シリウチ東蝦夷地にてはクンヌ。ケンスイ。ウンベツ。ユウハリ。シユツ等をはしめ一場所とても数十里にわたりたる場所有て広大なる事ともなり西はハホロとて是は海より上る砂…
本文の表記 ハホロ
海から砂金が上がる長い砂浜として記される地名。漂着・寒気・交易の記事にも現れる。
本文に基づく説明
地名の由来言語: アイヌ語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…しめ一場所とても数十里にわたりたる場所有て広大なる事ともなり西はハホロとて是は海より上る砂金也惣して余国に出る砂金は金山より流れ出る砂金にて佐州とても西三河といふ所よ…
…とも蛮字故知れかたく何とも分ちかたく右の書物は領主へ納むとなり一ハホロ西海にて四十里の砂浜也海より砂金あかる事是も余国に比類なき事也此浜西南に海を請たる地故春夏東南の…
…絶壁すさましき景色なれハ今の松前は国のうしろなりといひける然共此ハホロ極寒の地にて中々住居成へき地にあらす草木魚鼈まて少き故蝦夷人たるも住セす前々砂金取に冬こもりセし…
…をわうりやうといふ是を見当に乗付ると必此下に山か嶋かあるといへりハホロの大洋へ漂流セし者のいひけるは西南北を望めハわうりやうなしまれに晴天の時申事に当りて幽かにわうり…
…しらさるよし也着は朝鮮なとにても有へきやされハ蝦夷商人の云けるはハホロは朝鮮と対してあると古来よりいひ伝へたり其方所いつれといふ事さたかならされとも余り遠きやうにも覚…
…覚へす其故は三十年以前憲廟の御代朝鮮の官人リセンタツといふもの此ハホロ 江 小舟にて漂着セり下官壱人商人壱人召連たり松前より江戸へ御注進有て江戸へ被召御吟味有けるに…
…取得て持かへり今に所持セり功能を心見て世に益あらハ国益と成へし一ハホロの並にイシカリ川といふ大河あり川口広さ壱里はかり急流なり壱里程乗入れハ段々流れゆるく川幅次第に広…
本文の表記 佐州 · 佐渡
砂金や鉱山の比較、廻船の来航地として挙がる国名。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 日本語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…は海より上る砂金也惣して余国に出る砂金は金山より流れ出る砂金にて佐州とても西三河といふ所より揚る砂金わつか斗の事也松前蝦夷地の事ハ山川はいふに及ハす原野とても砂金あ…
…てはなし夜金銀の気を機といふ事は光り物のことくにみゆる事なり是は佐州金山に度々ある事なり仙見ヶ岳にても見し事なり金色に光るといへるは金銀山にはあらす銅山なるへき歟一…
…第一の繁昌の所なり入込所の国々は津軽南部秋田酒田加賀能登越後越前佐渡其外大坂船も来り肥前より瀬戸物類をも積来る事ありされは此江指に去々年かわりたる事あり七月初旬より…
本文の表記 西三河
佐州の砂金産地として本文が記す場所。三河国とは別項。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 日本語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…る砂金也惣して余国に出る砂金は金山より流れ出る砂金にて佐州とても西三河といふ所より揚る砂金わつか斗の事也松前蝦夷地の事ハ山川はいふに及ハす原野とても砂金あり敢て金山よ…
本文の表記 上の国山
山林・火災の記事および蠣崎氏の居城をめぐる記事に現れる。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…文右金壱匁といふ事則砂金遣ひの遺意也一石山にあらさる山々は材あり上の国山とて十里に及ふ大山捨山なり二十年以前此上存すれにて火を出し七日七夜焚ける故山半分は焚尽したり其後…
…拠して強暴を以首領とせしとなり其頃松前には西海路に蠣崎氏あり今の上の国山に居城す東海路には下の国氏箱館に居り両雄相続て戦争止時なし松前家元祖慶広は甲斐源氏にて若狭国より…
…松前家元祖慶広は甲斐源氏にて若狭国より北国の乱をさけて松前へ来り上の国山に客と成て在けるか元来英雄たるにより蠣崎氏を帰依せしめ終に下の国氏をも幕下とし松前一統せられしと…
…の国氏をも幕下とし松前一統せられしと也其後上の国を改め勝山と称し上の国山箱館の両城を廃して東西の中央たるにより松前を居城とせしより則地名を以氏とせし事は大閤秀吉公治世の…
本文の表記 カラフト嶋 · カラフト
錦・青玉・刀などの渡来経路として現れる。本文中では島全体とその一部の呼称が区別される箇所がある。
本文に基づく説明
地名の由来言語: アイヌ語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…木禽獣魚鼈まて本邦よりなきもの多し一ソウヤの交易物の内錦青玉等はカラフト嶋より持来るなりカラフト嶋惣名はタライカイといふ国廻三百里程の嶋なり此嶋西南海の方は遠浅にて沼のこ…
…きもの多し一ソウヤの交易物の内錦青玉等はカラフト嶋より持来るなりカラフト嶋惣名はタライカイといふ国廻三百里程の嶋なり此嶋西南海の方は遠浅にて沼のことく又潮も濃くして重きゆ…
…椰子の実流れ寄を取来りて松前商人へも与ふる事あり蝦夷地へ近き所をカラフトといふ此カラフトより蝦夷地シラヌシといふ所へ海上三里といふシラヌシ 江 はソウヤより陸続き五十…
…取来りて松前商人へも与ふる事あり蝦夷地へ近き所をカラフトといふ此カラフトより蝦夷地シラヌシといふ所へ海上三里といふシラヌシ 江 はソウヤより陸続き五十里計りといへり此…
…のとも鍬先といひならはセしものなるへし是又蝦夷の細工にあらす以前カラフトより渡りたるなるへし此鍬先甲の鍬形のことくなる故義経の鍬形といひ伝へたるなり夷人の宝物にて神物の…
…り常に帯しはセすはれなる時は錺り置なり此かたな蝦夷細工にてはなしカラフト渡りなり銀を自由に遣ふと見へて大かた銀のかさりにて獣草花なとの彫ものなり身はよろしき物なし八九寸…
…し千歳の後違有といへとも大概違ふ事なし靺鞨国を去事三千里とあるはカラフトの事なるへし里数又合り今に仙台領は六町を以一里として三十六町を以て一里とせす古の蝦夷地今は森岡弘…
本文の表記 タライカイ
本文がカラフト嶋の総名とする呼称。史料の地理認識を示す記述として扱う。
本文に基づく説明
地名の由来言語: アイヌ語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…ヤの交易物の内錦青玉等はカラフト嶋より持来るなりカラフト嶋惣名はタライカイといふ国廻三百里程の嶋なり此嶋西南海の方は遠浅にて沼のことく又潮も濃くして重きゆへに船乗かたし西…
…三里といふシラヌシ 江 はソウヤより陸続き五十里計りといへり此タライカイより北方にあたりてサンタンマンチウといふ所あり是北高麗也と松前ものはいへりマンチウは満州歟サンタ…
…松前ものはいへりマンチウは満州歟サンタン未考錦青玉等も此両国よりタライカイ 江 渡し来るタライカイの者ともは両国へ商に行て常に交易するとなり言語は蝦夷とは又違ひて通セさ…
…満州歟サンタン未考錦青玉等も此両国よりタライカイ 江 渡し来るタライカイの者ともは両国へ商に行て常に交易するとなり言語は蝦夷とは又違ひて通セさるゆへタライカイの幼稚成者…
…国へ商に行て常に交易するとなり言語は蝦夷とは又違ひて通セさるゆへタライカイの幼稚成者を両国へ渡し置て言語ならハセ是を以通辞とセりサンタンマンチウともに文字もあり人物よし米…
…多し是も春夏は南海へ出て秋より冬は北海へかくるゝなり一説に冬中はタライカイの沼へかくれ居て春は南へ出る夫故背に牡蠣生する有といへり大鯨の浮みたるを遠く望み見れハ背は既に白…
本文の表記 シラヌシ
カラフトからの渡海とソウヤからの里程に現れる地名。本文の位置記述には検討が必要。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: アイヌ語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…も与ふる事あり蝦夷地へ近き所をカラフトといふ此カラフトより蝦夷地シラヌシといふ所へ海上三里といふシラヌシ 江 はソウヤより陸続き五十里計りといへり此タライカイより北方…
…ラフトといふ此カラフトより蝦夷地シラヌシといふ所へ海上三里といふシラヌシ 江 はソウヤより陸続き五十里計りといへり此タライカイより北方にあたりてサンタンマンチウといふ…
本文の表記 サンタン
交易相手の人々およびその土地を指す本文の呼称。単一の民族・国家への同定は保留。
比定・解釈未確定
…ソウヤより陸続き五十里計りといへり此タライカイより北方にあたりてサンタンマンチウといふ所あり是北高麗也と松前ものはいへりマンチウは満州歟サンタン未考錦青玉等も此両国より…
…マンチウといふ所あり是北高麗也と松前ものはいへりマンチウは満州歟サンタン未考錦青玉等も此両国よりタライカイ 江 渡し来るタライカイの者ともは両国へ商に行て常に交易する…
…タライカイの幼稚成者を両国へ渡し置て言語ならハセ是を以通辞とセりサンタンマンチウともに文字もあり人物よし米酒たはこもある故交易物は鉄類を望む鍋釜出刃の類を渡すとなり山田…
…の類を渡すとなり山田久右衛門といふ船頭ソウヤ 江 行けるに折節サンタンの者共来り合て物語等セり此久右衛門は両年蝦夷へ渡東西海共に夷地功者成ゆへに言語も通しサンタンの者…
…セり此久右衛門は両年蝦夷へ渡東西海共に夷地功者成ゆへに言語も通しサンタンの者ともと咄合て此者とも其称美し巻物をあたへけるを披きて見るに大小の文字書まセ多くハ蛮字と見へて…
本文の表記 マンチウ · 満州
本文が「満州歟」と疑問を付して比定する地名。著者の推定を含む。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…り陸続き五十里計りといへり此タライカイより北方にあたりてサンタンマンチウといふ所あり是北高麗也と松前ものはいへりマンチウは満州歟サンタン未考錦青玉等も此両国よりタライカ…
…あたりてサンタンマンチウといふ所あり是北高麗也と松前ものはいへりマンチウは満州歟サンタン未考錦青玉等も此両国よりタライカイ 江 渡し来るタライカイの者ともは両国へ商に…
…ンタンマンチウといふ所あり是北高麗也と松前ものはいへりマンチウは満州歟サンタン未考錦青玉等も此両国よりタライカイ 江 渡し来るタライカイの者ともは両国へ商に行て常…
…イの幼稚成者を両国へ渡し置て言語ならハセ是を以通辞とセりサンタンマンチウともに文字もあり人物よし米酒たはこもある故交易物は鉄類を望む鍋釜出刃の類を渡すとなり山田久右衛門…
本文の表記 北高麗
北方の国について伝聞・義経伝承に現れる呼称。朝鮮と同一項にはしていない。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 日本語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…へり此タライカイより北方にあたりてサンタンマンチウといふ所あり是北高麗也と松前ものはいへりマンチウは満州歟サンタン未考錦青玉等も此両国よりタライカイ 江 渡し来るタ…
…なるへし西蝦夷地六条の間といふ所に弁慶崎といふ所あり義経此所より北高麗へ渡り給ふともいへり是も又定かならす東蝦夷地に鍬先といふものありけるを義経の甲の鍬形なりとて宝物…
本文の表記 朝鮮
漂着・帰国・産物・位置関係の比較に現れる国名。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…かにわうりゃう見ゆる事ありいつれの国といふ事をしらさるよし也着は朝鮮なとにても有へきやされハ蝦夷商人の云けるはハホロは朝鮮と対してあると古来よりいひ伝へたり其方所い…
…よし也着は朝鮮なとにても有へきやされハ蝦夷商人の云けるはハホロは朝鮮と対してあると古来よりいひ伝へたり其方所いつれといふ事さたかならされとも余り遠きやうにも覚へす其…
…たかならされとも余り遠きやうにも覚へす其故は三十年以前憲廟の御代朝鮮の官人リセンタツといふもの此ハホロ 江 小舟にて漂着セり下官壱人商人壱人召連たり松前より江戸へ…
…能筆にては無りけるよしなり又十年以前西蝦夷へ交易の商船暴風にあひ朝鮮へ漂着セしを対馬へ送り帰し江戸にて御吟味にあい別条なき故松前へ渡されける事もあり是を以思ふに朝鮮…
…戸にて御吟味にあい別条なき故松前へ渡されける事もあり是を以思ふに朝鮮の産物の内に鱈鯡鯨五葉松等あり則西蝦夷の産物に同し依て西蝦夷地と朝鮮とは遠からさらん事を知れり一…
…の産物の内に鱈鯡鯨五葉松等あり則西蝦夷の産物に同し依て西蝦夷地と朝鮮とは遠からさらん事を知れり一西蝦夷地に人参有へき事を思ひて船乗のもの共へ彼是尋けれとも知る者なし…
…竪根人参もありといへとも見当らす其辺栃木多くして石崎へ連れり先年朝鮮人参の種津軽と松前とへ拝領ありて植付心見の儀被仰付ける今津軽には外ヶ浜の内平館と三馬屋といふ所二…
…す立根なり本草の図経と合セて見るに枝のわかれ少し異なる事あり唐と朝鮮とちかひの故にや立根なれハ和の節根とは気味も格別なるへし津軽と松前とは七里の海を隔たる斗りにてか…
本文の表記 対馬
朝鮮への帰国および朝鮮からの送還の経路として挙がる。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…前より江戸へ御注進有て江戸へ被召御吟味有けるに漂着にまきれなき故対馬へ渡され無恙帰国被仰付たるとなり江戸へ御注進の往返の間松前に有ける内好みに応して書たる墨跡今に所…
…るよしなり又十年以前西蝦夷へ交易の商船暴風にあひ朝鮮へ漂着セしを対馬へ送り帰し江戸にて御吟味にあい別条なき故松前へ渡されける事もあり是を以思ふに朝鮮の産物の内に鱈鯡…
本文の表記 石崎
人参を探す記事に現れる場所。本文の地理的指示は要確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 日本語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…山を知さる故なり竪根人参もありといへとも見当らす其辺栃木多くして石崎へ連れり先年朝鮮人参の種津軽と松前とへ拝領ありて植付心見の儀被仰付ける今津軽には外ヶ浜の内平館と…
本文の表記 平館
外ヶ浜で朝鮮人参の種を植えた場所の一つとして記される。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 日本語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…軽と松前とへ拝領ありて植付心見の儀被仰付ける今津軽には外ヶ浜の内平館と三馬屋といふ所二ヶ所の山上北向なる所に植置たり土地にあわさるゆへか増長セすして今に植たる時のま…
本文の表記 唐
本草や朝鮮人参との比較に現れる中国の呼称。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…あらす立根なり本草の図経と合セて見るに枝のわかれ少し異なる事あり唐と朝鮮とちかひの故にや立根なれハ和の節根とは気味も格別なるへし津軽と松前とは七里の海を隔たる斗り…
本文の表記 イシカリ川 · イシカリ
川幅・流れ・遡行・河辺の住民について記す大河。
本文に基づく説明
地名の由来言語: アイヌ語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…り今に所持セり功能を心見て世に益あらハ国益と成へし一ハホロの並にイシカリ川といふ大河あり川口広さ壱里はかり急流なり壱里程乗入れハ段々流れゆるく川幅次第に広し四十町五十町に…
…端に蝦夷人住居して松前商人も行所なり又奥蝦夷ユウベツといふ川は此イシカリを倍セし大河なり河辺蝦夷村多く蝦夷地にて夷人の多きは此ユウヘツを第一とするよしなり此大河あるを以…
本文の表記 イワナイ
イシカリ川を遡った人物の出身地として挙がる。
本文に基づく説明
地名の由来言語: アイヌ語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…十町に及ぶ所もあり常に水多くして増減の時なし此川源知る者なし先年イワナイといふ所の蝦夷人小舟に乗て泝り日数十二日のほりけるに其源知れさるといへり川端に蝦夷人住居して松前…
本文の表記 ユウベツ · ユウヘツ
イシカリ川と比較される奥蝦夷の大河。本文の川の同定は要確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: アイヌ語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…源知れさるといへり川端に蝦夷人住居して松前商人も行所なり又奥蝦夷ユウベツといふ川は此イシカリを倍セし大河なり河辺蝦夷村多く蝦夷地にて夷人の多きは此ユウヘツを第一とするよ…
…此イシカリを倍セし大河なり河辺蝦夷村多く蝦夷地にて夷人の多きは此ユウヘツを第一とするよしなり此大河あるを以て国の大なる事知るにたれりベツとは大河の事ナイとハ小川の夷言な…
本文の表記 千嶋
キイタツフの先にある島々をめぐる本文の広域呼称。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…商船通路の限りなり猟虎も此所にて交易するなり此辺嶋多し所謂蝦夷の千嶋歟大洋へかけては何程嶋数あるといふ事を知らす松前へ知れたる嶋数三十七いつれも大嶋なりすくれて大な…
本文の表記 アツケシ
材木の搬出と江戸への航海について記す場所。
本文に基づく説明
地名の由来言語: アイヌ語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…国ありて毛髪縮みたる夷人有ともいへり一キイタツフより二十里手前にアツケシといふ所あり大材を出す八年以前南部商人辻文左衛門といふ者始てアツケシの山入して材を出セりみな帆柱…
…ケシといふ所あり大材を出す八年以前南部商人辻文左衛門といふ者始てアツケシの山入して材を出セりみな帆柱に用ゆへし此時アツケシより直に江戸へ乗付鉄砲洲の材木問屋右の材木共揚…
…門といふ者始てアツケシの山入して材を出セりみな帆柱に用ゆへし此時アツケシより直に江戸へ乗付鉄砲洲の材木問屋右の材木共揚たり大材故価を待て今に残りてあるとなり此乗方大洋を…
…山より蝦夷シコツ岳の焼る響雷鳴のことく近く聞ゆるといへりシコツはアツケシよりも江戸乗近しと云々故にアツケシより江戸乗近しとはいひ伝へつれとも海上の事順逆の風によりて遅速…
…とく近く聞ゆるといへりシコツはアツケシよりも江戸乗近しと云々故にアツケシより江戸乗近しとはいひ伝へつれとも海上の事順逆の風によりて遅速あれハ行路遠近の程しかと極めかたし…
…へ直に大洋へ東流すおのつから廻船陸をはなれ安くして乗かたきなり一アツケシの手前クスリカ岳の麓に金山有てこかね山といひならハセり朝日輝く時遠く是をのそめハ金色有て旭に応す…
…り惣て東蝦夷は制強にしてやゝもすれハ松前の今を蔑にセりキイタツフアツケシクヌリのあたりは別して取扱ひ六ヶ敷となり去々年もキイタツフにやかましき事あり去年は商船の行事やめ…
本文の表記 鉄砲洲
アツケシから来た材木を揚げた江戸の材木問屋の所在地。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 日本語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…入して材を出セりみな帆柱に用ゆへし此時アツケシより直に江戸へ乗付鉄砲洲の材木問屋右の材木共揚たり大材故価を待て今に残りてあるとなり此乗方大洋を来りて甚た近しといへりさ…
本文の表記 薩摩
仙台との距離・沖乗りの比較に現れる国名。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 日本語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…なり辺土さも有へき事なり本邦の地図といへとも微とするに不足事あり薩摩ハ西国の限り仙台は東国の限り風馬牛も不及然るに薩摩の沖乗の漁舟と仙台金花山沖乗の漁舟と争論ある事…
…るに不足事あり薩摩ハ西国の限り仙台は東国の限り風馬牛も不及然るに薩摩の沖乗の漁舟と仙台金花山沖乗の漁舟と争論ある事あり又金花山へ漂着セし事あり雨後晴天の朝房州の山よ…
本文の表記 仙台 · 仙台領
航海の比較・浄瑠璃の音・一ノ関の位置の記事に現れる。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 日本語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…き事なり本邦の地図といへとも微とするに不足事あり薩摩ハ西国の限り仙台は東国の限り風馬牛も不及然るに薩摩の沖乗の漁舟と仙台金花山沖乗の漁舟と争論ある事あり又金花山へ漂…
…ハ西国の限り仙台は東国の限り風馬牛も不及然るに薩摩の沖乗の漁舟と仙台金花山沖乗の漁舟と争論ある事あり又金花山へ漂着セし事あり雨後晴天の朝房州の山より勢州の浅間山見ゆ…
…事あり雨後晴天の朝房州の山より勢州の浅間山見ゆるとなり又琉球人も仙台へ漂着セし事もあり梅雨後の順風に日向より江戸へ直乗心易しといへり金花山より蝦夷シコツ岳の焼る響雷…
…甚興に入面白き体なれとも本邦の者見ては更におもしろからす上るりは仙台上るりの音にてゆるりと語りたるものなり尤はやめの所も有とみへて声音をはりセめてかたる所もあり一様…
…て蝦夷は血脈を引家系を乱さゝるもの故百代の後といへとも違ふ事なし仙台領に一ノ関といふ所あり是古の関所有ける所なるへし多賀の城壺の碑に蝦夷国界を去事百二十里と有は六町一…
…なし靺鞨国を去事三千里とあるはカラフトの事なるへし里数又合り今に仙台領は六町を以一里として三十六町を以て一里とせす古の蝦夷地今は森岡弘前のことく大国の府城となれり山間…
本文の表記 金花山
漁舟・漂着・遠方の火山の音をめぐる記事に現れる。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…国の限り仙台は東国の限り風馬牛も不及然るに薩摩の沖乗の漁舟と仙台金花山沖乗の漁舟と争論ある事あり又金花山へ漂着セし事あり雨後晴天の朝房州の山より勢州の浅間山見ゆるとな…
…及然るに薩摩の沖乗の漁舟と仙台金花山沖乗の漁舟と争論ある事あり又金花山へ漂着セし事あり雨後晴天の朝房州の山より勢州の浅間山見ゆるとなり又琉球人も仙台へ漂着セし事もあり…
…へ漂着セし事もあり梅雨後の順風に日向より江戸へ直乗心易しといへり金花山より蝦夷シコツ岳の焼る響雷鳴のことく近く聞ゆるといへりシコツはアツケシよりも江戸乗近しと云々故に…
本文の表記 房州
雨後の晴天に遠山を望めると記す場所。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 日本語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…山沖乗の漁舟と争論ある事あり又金花山へ漂着セし事あり雨後晴天の朝房州の山より勢州の浅間山見ゆるとなり又琉球人も仙台へ漂着セし事もあり梅雨後の順風に日向より江戸へ直乗…
本文の表記 勢州
房州から見えるとされる浅間山の所在国として記される。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 日本語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…と争論ある事あり又金花山へ漂着セし事あり雨後晴天の朝房州の山より勢州の浅間山見ゆるとなり又琉球人も仙台へ漂着セし事もあり梅雨後の順風に日向より江戸へ直乗心易しといへ…
本文の表記 浅間山
房州の山から見えるとする伝聞中の山。本文に勢州とある。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…ある事あり又金花山へ漂着セし事あり雨後晴天の朝房州の山より勢州の浅間山見ゆるとなり又琉球人も仙台へ漂着セし事もあり梅雨後の順風に日向より江戸へ直乗心易しといへり金花山…
本文の表記 琉球
仙台へ漂着した人々の出身地として記される。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…漂着セし事あり雨後晴天の朝房州の山より勢州の浅間山見ゆるとなり又琉球人も仙台へ漂着セし事もあり梅雨後の順風に日向より江戸へ直乗心易しといへり金花山より蝦夷シコツ岳の…
本文の表記 日向
梅雨後に江戸へ直航できると記す国名。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 日本語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…浅間山見ゆるとなり又琉球人も仙台へ漂着セし事もあり梅雨後の順風に日向より江戸へ直乗心易しといへり金花山より蝦夷シコツ岳の焼る響雷鳴のことく近く聞ゆるといへりシコツは…
本文の表記 シコツ嶽
焼ける音が金花山から聞こえるとする伝聞に出る山。特定の火山への比定は保留。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: アイヌ語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…あり梅雨後の順風に日向より江戸へ直乗心易しといへり金花山より蝦夷シコツ岳の焼る響雷鳴のことく近く聞ゆるといへりシコツはアツケシよりも江戸乗近しと云々故にアツケシより江戸…
本文の表記 シコツ
航海・沼の記事に現れる地名。山名のシコツ嶽とは区別する。
本文に基づく説明
地名の由来言語: アイヌ語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…へり金花山より蝦夷シコツ岳の焼る響雷鳴のことく近く聞ゆるといへりシコツはアツケシよりも江戸乗近しと云々故にアツケシより江戸乗近しとはいひ伝へつれとも海上の事順逆の風に…
…りウチウラヶ岳の大沼小沼を土用中通りしに鶴鶏鴨等群居セりシリヘツシコツの沼には猶更あるよしなり一松前にて田作セさる事は寒国とて土地に合さる故なるか又田作の時節鯡猟と差…
本文の表記 黒潮
船が東方へ流されると説明する海流名。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 日本語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…き時ハつなみのことくなる一打きりの大波ある事海中不思義の変なり又黒潮といふ事ありて大洋へ乗出して風ゆるまる時は此潮にとられて東方へ引落さるゝ事有奥州筋江戸廻しの材木…
本文の表記 奥州 · みちのく · 陸奥
本書の北方史・海運の記事に現れる歴史的地域名。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 日本語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…て大洋へ乗出して風ゆるまる時は此潮にとられて東方へ引落さるゝ事有奥州筋江戸廻しの材木船行末しらすに成たる事年々かきりなき事なり御当世東海廻りの御城米被仰付筑前屋作右…
…習覚へて穀食となるときは則本邦の人と化すへしといへり仍て思ふ往古みちのくの蝦夷と聞ゆるは津軽南部辺は残らす蝦夷にて有けるを多賀の城に鎮守府出来て次第に風俗を変し五穀生し…
…変し五穀生して今の国となれりされは津軽蝦夷は松前蝦夷にはあらす古陸奥の蝦夷の遺種なり松前の蝦夷と津軽南部の蝦夷は別種なる事を正して蝦夷は血脈を引家系を乱さゝるもの故…
本文の表記 クスリカ嶽
麓に金山があるとする記事の山名。比定未詳。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: アイヌ語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…流すおのつから廻船陸をはなれ安くして乗かたきなり一アツケシの手前クスリカ岳の麓に金山有てこかね山といひならハセり朝日輝く時遠く是をのそめハ金色有て旭に応するよし商船是を目…
本文の表記 こかね山 · こかねやま
クスリカ嶽の麓の山の呼称。著者は金色に光るという伝聞を疑問視する。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…なれ安くして乗かたきなり一アツケシの手前クスリカ岳の麓に金山有てこかね山といひならハセり朝日輝く時遠く是をのそめハ金色有て旭に応するよし商船是を目当とするといへり此辺ト…
…ふ所は砂金ありてわ前も取たる事あるなれハ金山有へき事也しかれともこかねやま遠望すれハ金色に光るといふ事は所用ひかたし金山は金色に光る物にてはなし夜金銀の気を機といふ事は光…
本文の表記 トカチ
砂金のある場所として挙がる地名。
本文に基づく説明
地名の由来言語: アイヌ語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…是をのそめハ金色有て旭に応するよし商船是を目当とするといへり此辺トカチといふ所は砂金ありてわ前も取たる事あるなれハ金山有へき事也しかれともこかねやま遠望すれハ金色に光…
本文の表記 金堀屋敷
クンヌイの谷間に残ると記される場所の名。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 日本語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…七十年以前はクンヌイ 江 松前より砂金取数万人入込取たるとなり金堀屋敷とて今にクンヌイの谷間にありシヤクシヤヰンか一乱より相止み蝦夷地へ入込事制禁なる故其後再興する者…
本文の表記 シヒシヤリ
シヤクシヤヰンの出身地として記される地名。
本文に基づく説明
地名の由来言語: アイヌ語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…者もなしいまとても以前のことくにセは夥しく屈事也シヤクシヤヰンはシヒシヤリといふ所の蝦夷人にて制強者成故東西手近き蝦夷人ともを手下につけ松前へ敵セしなり仕置延引セし内に勢…
本文の表記 クヌリ
キイタツフ・アツケシと並ぶ地名。釧路との対応を含め表記の確認が必要。
本文に基づく説明
地名の由来言語: アイヌ語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…蝦夷は制強にしてやゝもすれハ松前の今を蔑にセりキイタツフアツケシクヌリのあたりは別して取扱ひ六ヶ敷となり去々年もキイタツフにやかましき事あり去年は商船の行事やめられた…
本文の表記 ウチウラヶ嶽
大沼・小沼を通ったという記事の山名。現在の山名との対応は要確認。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…鶏鴻雁の類春は北へ帰る蝦夷地深山の沼には夏虫も岸陰に潜て群居セりウチウラヶ岳の大沼小沼を土用中通りしに鶴鶏鴨等群居セりシリヘツシコツの沼には猶更あるよしなり一松前にて田作セ…
本文の表記 大沼
ウチウラヶ嶽の記事で小沼と並ぶ沼。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 日本語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…北へ帰る蝦夷地深山の沼には夏虫も岸陰に潜て群居セりウチウラヶ岳の大沼小沼を土用中通りしに鶴鶏鴨等群居セりシリヘツシコツの沼には猶更あるよしなり一松前にて田作セさる事…
本文の表記 小沼
ウチウラヶ嶽の記事で大沼と並ぶ沼。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 日本語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…帰る蝦夷地深山の沼には夏虫も岸陰に潜て群居セりウチウラヶ岳の大沼小沼を土用中通りしに鶴鶏鴨等群居セりシリヘツシコツの沼には猶更あるよしなり一松前にて田作セさる事は寒…
本文の表記 シリヘツ山
富士山に似る高山として記され、材木運上の記事にも現れる。現在の山名との比定は保留。
比定・解釈未確定
地名の由来言語: アイヌ語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…高山にて平地なき所故格別に高山と見るもなし臼ヶ岳より五六十里奥にシリヘツ山といふあり富士山を直に移居たることくなる高山なり然れとも富士十にして三ッは低かるへし南部にて岩鷲…
…士と称美す形状は少し似たる所もあれとも高さは富士の三分一なるへしシリヘツ山は此両山よりは倍セし高さなり蝦夷中の高山と船乗の者とも称て松前領分中央の大山は仙見ヶ岳といふ松前…
…も今領主へ収納となる所も少しとせす其大概を聞得る所古金千弐百匁程シリヘツ山材木運上同千七百匁程鯡運上同千弐百匁程商船運上同千七百匁程蝦夷地秋運上同三百匁程同夏運上同百匁程…
本文の表記 シリヘツ
沼の記事に現れる地名。シリヘツ山とは別項。
本文に基づく説明
地名の由来言語: アイヌ語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…て群居セりウチウラヶ岳の大沼小沼を土用中通りしに鶴鶏鴨等群居セりシリヘツシコツの沼には猶更あるよしなり一松前にて田作セさる事は寒国とて土地に合さる故なるか又田作の時節鯡…
本文の表記 オヨベ
津軽出身者が稲作を試みた場所として記される。
本文に基づく説明
地名の由来言語: アイヌ語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…の時節鯡猟と差合ふ故古来ゟ耕し心見るものもなきか近来津軽もの来てオヨベといふところへ少計り植付心見し所に生立は其宜敷古へ過たる計りにて実のらす又亀田といふ所にても心見…
本文の表記 弘前
新田開発、蝦夷人の目見、府城について挙がる都市。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 日本語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…いふ事あるへきや津軽も以前は松前のことくに米不出来国たるへし今の弘前より外か浜へかけてこと〳〵く平田と成しは久しからさる事のよし外か浜の内北海の辺は皆新田にて米能出…
…人ハ巨擘者にて智謀本邦の人におとらす外ヶ浜の蝦夷人の酋長なる故に弘前大守へも目見をするなり予一日過りしに娘二人あり琴を弾して歌曲をなして饗応したり一蝦夷村の首長をオ…
…領は六町を以一里として三十六町を以て一里とせす古の蝦夷地今は森岡弘前のことく大国の府城となれり山間まて開墾して五穀豊饒に海辺は潮を漁猟をし山よりは材を出し商船の往返…
本文の表記 大松前
小松前と並び、城下の船着場として記される。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…の類は見しらすといへとも附子黄精は所の者も見知て多くあり一城下に大松前小松前と並て皆船着なり松前より西方十八里江指といふ所あり諸国の廻舟入込松前第一の繁昌の所なり入込…
本文の表記 小松前
大松前と並び、城下の船着場として記される。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 未詳
言語判定は暫定
名称の言語的由来は未確認。
…見しらすといへとも附子黄精は所の者も見知て多くあり一城下に大松前小松前と並て皆船着なり松前より西方十八里江指といふ所あり諸国の廻舟入込松前第一の繁昌の所なり入込所の国…
本文の表記 越後
江指へ来る廻船の出身地に列挙される国名。
本文に基づく説明
地名の由来言語: 日本語
言語判定は暫定
本文の呼称からの暫定分類。語源・現代の地名との対応は要照合。
…入込松前第一の繁昌の所なり入込所の国々は津軽南部秋田酒田加賀能登越後越前佐渡其外大坂船も来り肥前より瀬戸物類をも積来る事ありされは此江指に去々年かわりたる事あり七月…