2写字台
3491.7
44-w
51
6架 号 第 冊
7保 6 5 共 冊
3凡例十五則
4一所在の一島の内はかりを領分とする也一島の内を5主の場所と臣の場所とに配当するなり場所とは6領分といふかことし何之海辺はかり一場所凡五十里或7は七十里一島の周廻の浜辺に所々に相交りて領分有8事也浜辺のみにて奥は皆空地にて人倫絶たる深山9曠野のみ也扨場所をの町人共其地頭々え願ひ10出て蝦夷土人を介抱いたし度旨訴詔す運上金の11多少を撰て許容あり是を場所請負といふ其受31負人より其場所へ通詞役と支配人と番人とを遣す許容2あり是を場所請負といふ其受負人より其場所へ通詞役3と支配人と番人とを遣すなり是は皆雇人にて此稼をする4者に群集する也其場所へ米と酒を台にして其5外品々大船に積送り其場所より蝦夷土人ともの言物候6土産と交易致させ大船に積入てに帰帆し請7負の主人又是を諸国へ売払ひ価金銀米銭等にする也8介抱とは其場所の交易をいふ也通詞支配人番人ともの9仮住居の小屋を運上屋といふなり
10一 古来より領内を請負人共に渡し置故に自分
11領地の政事は勿論境界の広狭も知るものなし12に侍は一人に而も住居せさる事也13此三箇所は請負人より米と酒及ひ諸品を積送る大14船に便舟をして上乗役といふもの臣より壱人15乗組其場に行
16公儀え献上の猟虎皮鷹羽鷲尾類に交易シテ場所17請負人の商物と同様に積込帰帆の時共に上乗役も帰る18也領主の交易も商人の交易も同様に米と酒と煙草19其外小間物みな土産物を遣すといふ土人も貰ひ物にする20ゆへ返礼の土産を出すといふて交易するなり
41一領主家臣共に其領地を町人の請負の者に渡し運上2金を取揚て是を租税とする也依て領内の土人よりは3年貢とらず請負人の方より領内産物魚油干魚類自4分家内賄に入用たけ租税として取揚る是を指荷といふ5也
6一中は皆請負人に任せ置故請負人手先の者の外7ゆくつき用事もなし此故に他国の人は勿論の土人8にても猥りにに居る事停止也
9一中周廻の浜辺は蝦夷住居せり地中に至りては10蝦夷人住居せす仍て開闢以来人跡なき所多し
11一中造道はなき事也得て勝手に通りて自然と12出来たる道路なり蝦夷土人は風俗にて跡なれはたま13〳〵にある〳〵道なれは狭く僅の六寸計りの場所なり14海際ゆへ多分砂浜を道とす
15一へ都て穀物の種を持渡る事停止なり故に耕作16の道をしらす依て田畑の名目をもしらす野菜前栽17を不好欵冬牛房山野に自然と生れ共蝦夷土人は18食する事をしらず唯魚肉獣肉等を常食とす
19一蝦夷土人都而食物をたへるにも膳を不用椀一箇に20限る汁菜は不用味噌塩なきゆへに魚肉獣肉草根51等真水にて煮て食すたま〳〵には海水を真水に交て2塩梅する事も稀にあるなり食事をするにたとへ物3の多くある時は終日終夜食ひつけ又食物の無時は4二日も三日も食事をする事なけれとも敢而食物5を欲する事なし
6一 都て一村といふとも家宅僅に五六軒七八戸又は
7適々に十軒位もある所を大村として稀に有也
8一 蝦夷土人都て住所に家宅は有といへとも一生涯の住
9所共定めす稼穡に出ん時は家族を連立伴ひ10器財を携へ其住所をはなれ己の家宅をは丸明11にして稼に出て其先其先に猟産のある所に仮小屋12を懸住居を定る也是蝦夷土地の風俗なり猟産は13春夏秋冬によりて猟のある浜と猟の無浜との差14別有て猟産業をす体は年中同所には住居せす15猟業の多き方へ移りて所々に仮住居して年月を16送り生涯住居を定めさるなり
17一 家作は杉木を掘建にして柱とし桁をかけて梁を
18渡さす松首をあけ藁茅にて家根をふき壁なく19藁茅を用て墻となし農民の守舎のことく也方二三20間はかりを大なる家屋とす
2路に趣けともノ単物を着用するのみ帯は有合3たる物を用ゆ或は縄に而も藤葛の類に而も用ゆる也4旅行の道具はカロフといふて火道具の提物と弓矢5ときせる多葉粉入等の物のみなり
6一 蝦夷は諸島金銀銭の通用なし土人と土人との交易
7は太刀及ひ小道具矢筒の類を以て交易をするなり8是等は彼地の宝物にする物にて山奥に大切に秘蔵9する事なり土人と人との交易は産物の10米麹酒木綿古着衣類又古器財刃物類等と蝦夷11産物の魚油干魚類と交易するなり人と違ひ12金銀銭の通用なけれは豪富なる者なし皆其日暮13にして万物積貯る事なし又年貢租税なけれは14稼穡等に出精する事なく遊ひたはふれて日々を15暮すなり名利名聞をはなれて見れは安楽なる16境界也
17一 蝦夷諸島文字なく暦法なけれは我はれたる年月を
18知るへき様なし父母の没したる日期もしらす古今暦19代を弁する事あたわす僅に二三十年の年数を暦20たるを弁するにも相互に年齢を以て引別する71のみ正に何ヶ年以前何月といふ事は更になきなり2候は四季の寒暖を前広より候ひしるには魚虫3の出没或は草木の枯稿繁も或は鳥類の往来を見4て知り嘲声を聞て察し今何日にして其節気至5ると正にしる事あたはすこよみなけれは何によつて6しるへきやうなし
7一 蝦夷土人風俗を見るに年貢なき国なれは租税を
8出す心配りもいらす金銀銭不通用なれは金銀銭9を儲貯る貪念も起らす野菜を喰はされは田園10を耕す骨折もなく美服着用せされは色品模様11恰好等の望もなし魚類は沢山にある国なれは晨12夕の食物無にも患へす毎日惣々緩々として遊ひ13月日を送るなり是蝦夷一同の風俗なり
14以上十五則
3著
4総論
5一 より西の方に道凡三十里計りにして
6といふ村有此所に代々古は蝦夷人にて其名イハンノシケといふて則乙名なり7といふ百姓有平日はの野郎鬢なれとも冬なれ8は月代を剃らすに蝦夷の体にかへて正月七日に領主へ9吉例に出る領主の書院の前庭に荒菰を敷て10是にすはらせ領主より濁酒をたまはる也是蝦11夷の遺風也
2人といふへき者なり此者とも累年領主歳暮の3祝義として夏菰を献す其故は往古領主のはし4めてに渡海して蝦夷人の伏従せし時に荒菰5を敷たる小屋に仮に居せられしといへり遺風により6て此献人あるといふ
7一 といふ村あり柳を割て厚五分程広一寸程
8長一尺弐寸程に削り篇て壱連拾枚つつに編たる所9は簾のことくにして是を御楊枝木と名付る毎年10十篇宛献するといへり又毎年十一月三日に箸削りの11祝儀とて一家中地侍にいたる迄よせ集て事終りて12料理及ひ酒を給ると云
13狼煙の事
14一 の領主のへ参勤の時との灘を渡
15海の節定例にてといふ手船二艘16にての泊を開帆しての泊に渉り17いたる海上無事に着岸あれは領の18と云猟師の定役にて狼煙を揚て海上無事に着19岸ありたる其験をへ告知らしむる相図也20のに此狼煙を見て主君の無恙101に着船有たるを知て此に而も相図のかかり2を焚て此篝火を見て城内にて又篝をたく3也城内と三箇所の火を通して後4の火の消を見てと城内共に皆火を消なり5此狼煙はとと隣国の好みに仍て歟6の領主に而も兼て用意有事也領主より7は猟師へ青さし弐貫文褒美としてたま8わるなり
9私大といふ事
10一 に私大といふ事ありとの瀬戸
11は冬中は風はけしく渡海中絶する事度々也荒12海を隔て島国殊によりは遥の遠国なれは新13春になりても新暦の渡らさる事度々あり何事14の民間に容易には新暦を得かたきより起り15たるゆへなるべしと思はるる越年の十二月小の年には16他国は翌年の元旦にもは旧年の大晦日也17是を彼地に名付て私大といふ然に天明六丙午正18月予を発足してに趣きしに三石19といふ所に至れはの町人大豪の者に20といふもの居たりしか問て曰当年元旦の111昼頃天俄に曇り闇のことくになりたり依て蝦夷2人とも大に騒きヘラタケとて時の声をあけて号ふ3事頻なりといか成天災によりてかくありたるといふ4其詞の内より略暦を壱枚与へたりしかは読て元5旦に日蝕有事を知り大に悦ひたり何て近村の疑惑6を鮮たり夫より地へ趣く路次にて彼暦7を与へけれは元旦の日蝕なる事を知りて蝦夷の土人8に示して疑惑をはらしけり愚思ふに此等は開国9最第一の闕たる所なり早く補ひたきものは此等10の事なり
11越年役の事
12一 ととはよりいへはたとへは奥と表
13との如し表口にて奥はなり先と14と合て三ヶ所は地に於て三箇の港15也諸国商船輻湊して艫を並へ銭をおろして宿16る所也此三ヶ所ともに沖の口番所とて番所あり其17番所にて諸国の出入の廻船を改る若渡海の人その18廻舟に乗来れは沖の口番所の有司来りて是を19糾し先禁すへきは武士虚無僧回国の六十六部20えた道心者体の者は決して上陸を許さす直121に逐戻す此外芸者諸職人等地に好みなけれ2は徘徊を許さす他国者の徘徊するに猟業の日雇3稼にて地に越年するものあれは改め越年役を4立て課役鐚一貫二百文を出さす正月より五月迄5蝦夷地に稼き居る者は半役にて鐚六百文6の課役を出さするなり六月より以後は他国の人を7払ふか国法也其年の春に渡り来る者を改て其者8の国元へ帰るへき旨を断て押返すなり其制度如何9となれは六月より末秋冬は猟業稼等も不足なれ10は無益人に国産を費して悪しといへり彼長11臣といふ者予に語りたり殊に百姓家12の増殖するを厳敷停止の由なり箇様の儀を触13流せ共兎角に百姓家数も増益する故に米穀14の価も高直になり止事なきよし委細の物語な15りの己酉七月16と予其挨拶に辟易致けり
17鯡魚を占ふ事
18一 にて毎年節分に打たる砂豆を貯置正月十五日
19の夜炉の内灰の上火際近き所に其豆輪のことく並20へおきて豆一粒を一村に擬して名目を記憶し候ひ見る131に終に煤煙火と成其灰の色黒きもあり又白きも有2青色品にめて其村其場所の鯡猟の豊凶を占ふ也たた3猟の一業に心力を尽す国風なれは理なり土地の風俗4とて貧民にても鯡猟を企る故をいへは金主有て金子5をかす人あり数多也又田畑新開五穀百菜の採実6薬の類を発端しても金子になるへきそもなく庶7民あまねく承引せす領主の合せしむる所なれは如斯8の時勢は理也総して領内の百姓と唱ふ者も耕作9の業なく皆猟師のみなれは也
10鯡猟を祈る事
11一 余より帰路の草臥を助けん為にの所を
12島の奥といふ所の磯辺砂原に休み居けるに其13村の者いひけるは此年以前迄も港の内に而も鯡14猟ありけるゆへ安穏に渡世も栄みしか近年ては一向15不猟になり甚以困窮に及ひ難渋すれは猟の事は16本業なれは表金主より元来借金の有上又借17金を重ね猟の諸品を仕込て待也近年になりては待18とも暮せとも皆無猟にて損凶に損凶を重ね困窮19に困窮をせしなり然る所去申の20といふ此地に来りて鯡大猟の祈祷を修するとて141のの山奥に一百日の大願を立て木食に引2こもりて祈祷し又同所と城内の3とに一七日断食し裸の跣足に而日参して大猟4の祈祷せしかは神託を蒙りたるよしをいひふらし5けれは庶民いさみをみて高利の金子を借り出して6綱を繕ひ械具種塩等を取調ひて艤して待けれ7とも近辺に鯡一疋もよらすそれ北よ南よと漕廻る8間に鯡猟の時節後れ一向に無猟也元より困窮の上9に又も困窮を重ね難儀に及ひ何れの年に宜敷猟10有て此難儀をは愈すつるや今四五日の内に宜敷猟も11なけれは又当年も時節後れて猟なしさすれは当年12しのきの糧につき大に難儀に及んを思るといへり予13農業の事を語れとも元より領主の令せさる所なれは14一向に解せさりけり嗚呼時勢とて如斯ありさまはいたま15しき事とも也
16耕作せさる事
17一 上古三皇以降民を教育するに耕作を以て本とするも
18固より然り此故に耕し作り米を作りて米耨の利を19以天下に教ゆといへり上古とても将来とても耕作の道を20以て庶民を教育するも聖人の掟や爰に所在島の151一国に唯今に開けし所は西の在郡に2の辺に畑を作る者有又東在郷にはの沢辺に3此七ヶ村は畑作4を一業とす此外所在島の一国の民家は皆猟5業を専務とすれとも前件の村々は耕作を専一の業6とす余むらのといふ百姓の宅に旅7宿せし時に耕作の事尋て聞て荒起を重とする8といふ予聞て曰荒起とは何の事そといへは答て曰萩9荻薄等の繁茂せし荒野を夏の土用中に刈捨て10置は月の中旬頃に放火して焼払ひ翌春に至りて11鋤を踏て畑とす是を名付て荒起とはいふといへり初12年より三年はかりは耕作物も能稔り潤しけれとも13五年ほとも経て後には土地痩て諸穀もみのらさる14故に是を捨て又外の所へ荒起をするとはいへり如斯15勝手次第に畑を起し自他の無差別又広狭の16定りなき故に五ヶ年に一度つつ領主より検地有て17棹を打地所改有て年貢を取立定申といへり検地の18度毎に地所の反別にも増減ありといふ村辺の畑19は壱棹に付鐚二文つつ壱反に付鐚六百文也壱ヶ村の一ヶ20年租税凡鐚拾五貫文位つつなりといふ此棹数弐町161五反の積りなる所五町七町の事に非す野にても山にても2勝手次第に新開田をする也扨年貢金を名付て3御役といふなり又古畑を捨て荒起を発するは𦳊4をするを面倒かりての事也畑を穿種を蒔に後は5𦳊をせす耘りもせす草去の世話もせす唯作り捨に6して手数かからさるを第一とす此故に終に土地痩て7潤しからすといふ此間百姓儀兵衛は生国の者也8成て古今も耕作の法に耕しては如何やと尋るに其9者の曰等の耕作方も随分知りては居れと10も当国のならひにて𦳊を用ひす耘もなく畑数を11多く発をよしとす如斯に麁略なる耕作すれとも12家族の養育も事たりけれは敢て改すといふ農業13には限らす都而上より教ヘ導き撫育等の令なけ14れは小民の惰弱は世の常也是は未開の土地の時勢なる15へし
16新開田畑の事
17一 御代官といひし人の羽州と
18いふ松原を新開せし時に初年田畑ともに穀実稔ら19す翌年百姓とも心力を尽せ共其験うすく然といへ20とも年を逐て心力を尽しけれは今は既に上畑上田171と成て百年不易の国益となれり爰により2四五里にしてといふ村あり此地内とて柴萩繁3茂して真土の上田ともなるへき所あれは領主の命あ4りて辺の百姓をあつめ新開して耕作せられ5しに初年は穀実稔らす翌年は米六十俵計り出来6たり三年目は旬気不順なれは凶作年にて領主より7田作を被留たりといふ村の何某予に委敷物8語也其後領主をはじめ百姓にいたる迄所在9一国中に米穀出来さる物に心得たりといへり予於是て10地極出地を測量するに四十二度なり思ふに11の気候に漸似たるへしと発念し百菜出産すへ12き土地なれは能計策もあるへしと発念し又及はぬ13事を思ひけり扨蝦夷の土地は都て雲霧深く湿地14なるは諸島各人乏しく耕地の田畑なけれは夏中15といへども地面に大陽の濁熱あたるへき様なく大樹16草木の枝葉繁茂し地面をおほふ故に大暑頃といへ17とも地面は冷涼なり依て雲霧深き筈なり因て18穀の稔らさるは理り也又中といへとも深山幽谷19には常に雲霧の絶さるを以て考へ知るへし夏中炎20暑にても繁茂の枝葉にのみ日光あたれは此枝葉を181浜し透し漸温地面に距るゆへに地面常に凉冷なる2はづ也仍而温気滞る故夏中といへとも温暖不到因て3北極出度相応に四時の行はれたる也
4一 近在近在悉く畑と成したり産には大豆
5小豆粟稗蕎麦大角豆菜大根荏種其外何に而も6相応に出産する也当時にて米を植蒔せさるのみなり7予
8の御時に地へ通路せしときにに9いたるより東北に当りて二百余里にあり此10運上小屋にて朝夕の遣ひ水は山の根に少しの清水有て11此清水を汲運ふなり予行て見るに湧出る泉の通は12谷地にて種まく人もなくして自然とはへたる稗の稔り13たるを見たる也是則粟稗の出産する証拠なり然る14に彼国法にてえ都て穀物の種を渡す事停15止なりと其故をしらす是嘆すへきの甚敷にあらすや16窃に考ふるに蝦夷土人農業に力を尽しては土産の17干魚等の海猟にも土産を相減する道理なれは18地より来りて猟場請負人の交易の品々不足し運19上金も相減せんとの故成へし庶くは蝦夷の土人に粟20稗を初め百穀を作りて農業を稼穡とするの利益191をしらしめは終に良民となり良国となるへきは必然な2らん因て当今の時勢を風仕して人道に染ましむる計3策も有へきなれ後の君子是を思へ
4牛馬の事
5一 所在島一国は牛馬を飼に野飼して置也夏より秋は
6青葉枯草もありて食用に飢せす仍て曠野曠陸に7遊ふ冬に至りて雪ふり積れは雪中より秀る薄の穂なと8を食ひ居るといへとも極寒の頃になれは雪も大に積りて9薄の穂も積る雪に埋れて食物も絶ぬれは浜辺に出て10遠沖より波浪に打寄られたる海藻を拾ひ喰ふ土人其11時を待て馬を取集て雪の上に矢来を結其内に飼12置干草とて毎秋に苅干て貯置たる蓬交の茅を与へ13るなり如是の存在の手当なれとも馬の剛絶なる事14の馬に比類なし轡を用ひず沓をも懸す山坂岩石15磯部河原等いとわす遣へとも少もひるむ事なし予天明16六丙午の七月下旬といふ村に一宿せし時雪より17明日の乗馬を頼置けるに翌朝になりて馬を牽来ら18す仍て其故を尋ぬるに野にはなし置たるといへり趣意19を聞に野放に飼置たる馬を昨日捕へ置しに彼馬手綱20を切て山へ逃帰りたりといへり夜中に逃たれは行方知れ201難きといふ時に杣人来りて其馬か二里程山奥の沢辺に至2るとしらせたるに仍て急き又捕へに往たる由言ける暫く3過て彼馬を牽来りたり予取あへす打乗て行先急き4なから道すから人の風俗を見るに太古の風は斯も有5へきかと思はるる也馬子一人にて馬を五匹繋きつれて率往6来するを見るに屈曲の山路にて人足もあからさる険阻の7山坂を往来するに難しとも見へす又夫より遥に通て8浜辺に出て通りけるに渚に飼馬と見へて六七疋居るを見9たり馬子我にいひけるはしはらく馬を駐めて待居10られたまへといふて渚端に行我手綱を取て馬をとと11めて待居候に彼馬子渚端の馬を撫まはし能見て戻12れり予不審に思ひ其故を問ふ時に馬子曰二十日はかり13以前野放しに仕置たるかたつねても未見へす候て渚端の14馬某の馬に能似たる故得と捕へ見れは某か馬に非す15と云予失ひたるかと思へは馬子云もし熊にとられたるか16生てたに居は終にはいつか尋ね当る也といへり扨は牛は17最寄のといふ所に少々あり後々に漸々と18殖へき勢ひ也
19塩竃なき事
20一 は干魚塩肴を国産の稼穡とする土地なれは
211地よりは塩の多く入る事大に異也仍而塩塩2を最一として遣ふ也爰に願人有而及島々に雑3木多く有て夏枯に枯る所なれは塩焼の事を企て国益4となし諸人の産業をまし自然と領主へ課役を貢5する理に当るなれは塩焼の免許の事を願出けれとも6宥めなし仍て種々に趣意をかへて数たひ願ひけれど7もつひに不叶其故を考ふ而に国中にて塩出るときは他8国より塩を買入る事も求す着さある時は毎年往来の9大船にてへ渡海するは無益也又穀船は遠沖を乗10渡海もならさる物なれは其塩を積はかりに米穀諸品11を持渡るへし殊により他国へ出る金銀を賑ふなり
12地境の事
13一 所在島一国の内地方を考ふ而其形ち親疎の二儀
14あり先の百姓とも住居する所を土人名付て15の国といふは人間也又蝦夷土人の住居の所を名16付て国といふは蝦夷の事也又に近き17をといひ遠きをといふ也18と奥ゑぞとは分境もなくてたた遠近の異名19ありのみ也其親の形象は瓢覃の形に似て側なるもの20也依之と奥ゑぞとを弁すへし又疎の形象は221扇子の半開に似ての国との国とを弁すへし2扨と奥ゑぞとを弁するには瓢覃の中かくれたる3形の所をといふて山越の通路あり此山越し4道よりの方をと言又遠方をと5いふなり又の地との地とを弁するは半開の扇6子の形にも似たり要の所はにて骨の顕れたるところ7はの地也紙の通はの地なり右の角は8左の角はにあたる二形共に図を見て察すべし9西の方を西ゑそといひ又ともいふ東の方を10といひ又ともいふ也国中みな西を上といひ東を11下といふなり
12諸島の形の事
13一 所在島は周廻に蝦夷土人住居して人の通路もあれ
14とも地中に至りては未開の地なれは高山曠野江河の形15象末た委敷しりたる者なし大国なれは私に探索す16人なしと思はる西北の海辺にといふ所有て此所より17海上凡十里計り沖にあり其土人は蝦夷土人18なり此島の広大なる事所在よりは又大なり19その島の形は鳶の羽を開きたることしとそ予いた20らさる島なれは姑く其土人の説に随ふ也此島の西に231海上凡十里を隔てサンタンといふ国あり其土人は蝦夷2人にあらす是よりヘ地続也仍て中国にも3地続なり島と島は楷書にかきたる4人の字の形ちに似たり丿点は島なり乀点は5島に似たり是より北赤人住居の迄6は島々馬蹄のことくに海中にあり連なり続くなり7の北にといふ異国ありて赤人に8従ふ也より西は赤人王城の地迄一体の地9続なり未た到らさる土地なりといへとも10の人にてに面会せし時具11に尋問せし処也其説あれとも爰に略す
12上終
2中
3著
4大河の事
5一 曠き地には大河あり狭き地には大河有事なし
6の西海道に大河なく東山道に大河多し爰を7以て推量すへきなり蝦夷は地に勝れる広大8なる土地なれは大河も多くにといふ9河有て大壱の大河也又には10といふ第二の大河也先河は夷舟に11乗て源の方に沂る事凡九日にして河上の河辺に251蝦夷土人住居の村々あり此河は鮭の塩引を2出す所にて秋にいたれは毎年数十艘のの商3船渡海して此河の内に船かかりして滞留するに4風波の懸もなし縦数百艘の大船幅湊するとも5狭しとせす此河時として標根其まま具たる大6木流れ出る事数をしらす人皆是を視て河上の7地中に大雨降たるへしといえり是源の河岸あふれて8出るものかといへり地中曠けれは此流樹の出所を知るへ9なし河尻の海近き所は潮汐の干満ありて河幅凡10五六百間あり又のの河は浜辺より11一里程の河上にて二筋に別れて海に流れ入る二筋にて12凡六七町計り有海の落口に瀬ありて大船河内に入13る事能はす又にの場所の内に14ノボルヘツといふ小河あり此河上を尋ぬるに四五里程の15山奥に硫黄山ありて常に焼て消る事なく浅16間のことく依て其辺は一円に温泉湧出て谷々より17落集り一河となりて此に流れ来る也此辺に18此河の水色は白粉に紺青とを掻立たるかことし俗に19いふ染色のせいたい鼠の色になり小河なれとも水勢20急流ゆへ常に濁りて一日も水底見ゆる事なし261又といふ大山あり其山の下にといふ小2河あり水色清く冷にして味ひ甚た酸し渋し此3山上に硫黄明礬多し仍て其岸此河に流れ落る4故なるへし或人の説に石膏蘆眼石も有といへり然5といへとも予未見すといふ村あり此村の山奥に6温泉あり其かたはらに毒水湧出て流る鳥獣等しら7ずして此水を呑て即死すといえり
8一 ウルツノ島の北方にといふ嶋あり此島の岩
9の間より湧出る泉有味ひ酒のことく甘き梨子のこと10し此嶋に行たる蝦夷土人此水の濃味なる事を11甘むし其所を去かねて数日滞留し是を飲み満12腹して飽すといへりひたと飲とも無毒にして又13酔事もなし土人是を名付てといふ神水14といふ事なり又赤人も賞翫して甚尊むといへり15普く天下万郡にもかかる妙泉も又と類ひあるまし16といえり則赤人是を尊信してと名付17くの養老水といふの義かともしれす余此地に18らされは委敷しらす其水の味ひと匂ひとを尋るに19に樺といふ木あり此樹を生木のまま皮へ20横に切疵を附れは即漆のことく脳水出るを取て271是を飲む是土人のなす所なり仍て吾樺木の脳水2を土人に命し取て呑試るに能梨子の匂ひありて3甘く又の酒に似たると思はるる因て彼島の水4の味ひをやりて推量せし也
5の事
6一 の御時に界の見分論用として有
7司両輩へ巡行す既に嶋に至り8しにゑその習にてといふ事を催す此9は高貴の賓容を尊崇の饗応に興行す扨
10蝦夷土人の乙名小使といふ役目ありの名主と11組頭の様なる者なり此者共のの有司に目見12の時にを興行するは定例也此時の土産13物を与へ酒を振舞ふを蝦夷土地の定例とす時に14所在島の内の小使ノの15乙名及ひ島の乙名脇乙名16等を呼出し此者共は何れも島近17所百余里隔たる所の海辺場所の重立たる長蝦18夷土人なり扨此者共の装束の下着は平生の蝦19夷産のといふての古布に似たるもの20を着し其上にの小袖の引解の単物を着し281たり時に土人に通詞有て此通詞に蝦夷土人2等手をひかれ出る大勢有ても段々に蝦夷土人より3ゑぞ土人に互に手と手を採合て連なりひき伴ひ4有司の前に目見に臨む其体甚た恐れ敬ひて肌を5震ふて謙退して傴瘻(セヲタミ)歩み礼譲厚く慎て其6席に発坐す有司の命ありて通詞せさるうちは7謹てものいふ事なし恭敷合掌し良ありて後8有司に向ひ坐を居さり進み寄たる時通詞よりて9後有酒樽をかつき蝦夷旅宿に帰る也都而ゑそ土10人の情は初に厳しくて終りては崩れたるもの也11万事葛端みな是に準する人情なり謁見の礼は12厳しく厚くて離別の礼はなし
13対面の礼の事
14一 予島々に先駆して行ける時所在島来
15の乙名手船に乗組て天明六16丙午三月十日にを出帆して嶋の奥17といふ所に同年五月五日に着岸す此所の18乙名といふ此ものは尊島中に名高き19大身にて智略深く土人大に恐れ敬ふ者也時に20は渠か聟なれは饗応に急に濁酒を造り聟291舅の久々逢されは懐敷珍しとて対面の酒宴あり2余も其聟のと倶にか宅え行3けるに亭主は上座の右の隅に居り聟の賓4客は下座の左の隅に居る於是相互に恐々5として言語を発せす暫く有て家来の長夷進み6出て聟のに挨拶いひけれともと7て蝦夷の切口上には請答をいふ此時は平日の言葉8とは大に違ひ予か耳へは一向にしれすたた能視て9ゐるのみ也夫より相互に席を進みより舅と聟と10額と額とを突合せ左右の手にて渠か両耳をは11某かおさへ某か両耳をは渠か押へて相互に相生に12無言に感涙涕泣する事良暫くなり感涙涕泣13やみて坐を退き相互に再拝してにて時14宜を演説する也其後尋れは親類親族に中絶して15久しふりの対面には此礼儀有事也といへり夫より16酒宴はしまり蝦夷の土人大勢群集せし事也其17うちに赤人三人有予と三ケ国の人物寄合にて打解18たる酒興によりて蝦夷歌を諷ひ蝦夷踊り又赤人19は赤人歌に赤人をとりをしたり予もの戯歌20を諷ふて相互に遠慮斟酌もなく再ひ逢れぬ坐301興にそ乗しけり
2山谷の事
3一 の山谷にいまた開国以前の国なれは開国以来
4人の足の踏さる所多し依て遠近広狭はたしかに5しれ難しといへとも先高山には所在島の内に6は〇次にイシリ嶋の7次に島の内等各雲外にそ8ひへたつ浚嶺なる高山也其外所在島の内9〇〇ヲセヤウ〇〇〇10等の高山其外数多し沼には所在島の内に11〇島の此外小なる沼々数々12あり記するいとまあらす又湖水には在所嶋の13内〇〇此等皆海水14往来して潮汐の干満ある也各曰鳥雁鴨等あり又15鮭鱒多し其外地には高山多く湖水の沼地16等も多し
17酒宴の器物の事
18酒宴には甚礼式多く礼義厚し仮初にも麁19略なる事をせす漸々と酔たる後は崩れ易きやう20なれとも是和するの礼也といへり各諷ひ舞ひ後には311処に過て騒敷事も有なり扨器物の多きを雅也2とす行器耳盥湯桶柄酌盃台の類都而金3蒔絵の付たるを悦ふなり皆是酒宴の酒器に用4る道具なり時にの者にといふ通詞5所在島の内といふ漁猟のかせき場所6を支配して此に住居せりある時其所の7乙名来りてみやうは近きは器物に何も珍ら敷器物は8送りさる旨をいひけり通詞長右衛門是に泥むて何そ9あたへたくおもひ仍て表へ其旨をいひ送り彼場所10請負の主人彼これと思ひまはして金めつきの金物附の11挟箱を遣しけり此箱の内は金光紙にてはりたるゆへ12内も外も金光りに輝きけり長右衛門此箱至来しけれ13は急き其筥を彼乙名にいひ遣しけるに乙名14聞て急き長右衛門か居る運上小屋に来る長右衛門15に対面して曰此度表より良器至来16せり依て呼に進せたりといふその器を見て大に17悦ひ天地開けてより如此の珍器珍物はよもあらしと18思ひ勇み進んて交易せり此代物に干魚数品々の19価を出し其挟箱を請取得たり賢こしと私宅20に持帰けり私宅におゐて彼挟箱をつく〳〵と見て321思ふやう唯今迄器も多しといへとも誠に類の無器2物也とて大に悦ひ珍器珍宝を求得たる高慢の意3はし是を弘めんと思ひ俄に濁酒を造て近所村近郷4の乙名の長夷等を扣きうけ彼器物弘めの酒宴を5初めけり時に彼挟箱を持出して濁酒を十分と盛り6座敷の中央に閣きたり来客の乙名蝦夷とも此器7物見て肝に銘し古今に比類なき珍器也と甚た8賞翫してほめそやしけり酒宴も既に終ん比に彼挟9箱も明けれは内を張たる金光紙は皆兀けにけり10是を見て一坐の長夷をはじめ大勢大に興をさまし11気毒かりけれは亭主の大に怒りて曰我此器物12を求めし時は莫太の代呂物と交易せしに如斯の13紛れ物を以て我産物をうはひ取たるならんとて憤り14て頓て運上小屋に行通詞長右衛門に進ていわ15く彼珍器は全く紛敷物ならんか濁酒を盛たれは内16は尽て兀けたりといふ爰に長右衛門これを聞て大に困17り全以紛れ物には非す彼器物は衣類を入る箱にて18水を入れる箱にては無事を能々詫ひけれは漸々不有19せしとなり代呂物莫太に出して交易せし珍器の20思ひ入の違ひたるより唯一途に誑らかされ歎かれたる331と凝り塊まりたる片意地を頗解させしたる社思ひやられ2たり都て蝦夷の器物には酒宴にのみ用ひ外には用3ゆへきに其品なく未た人主の開けされは器財を入4る事なし
5氷海の事
6天明六丙午三月中旬に島の内といふ7所に吾着船して小屋を懸け野宿せしか其夜丑寅8の風烈敷吹けれは水主の蝦夷人とも言けるは海上真9白に見へて気悪しと言けれ共何の故かもしらす其10日は暮て翌朝に海上を見れは遠沖より一面に11氷の山となりたり其氷の厚さ五六間乃至十余間或は12ニ三十間計りも有て海上の水面より五六尺余も高く13浮上り水下には何ほと厚く氷りたるか誠に堅氷山14となりたり此氷皆北海より吹寄て大海更に波浪15なし仍て通船する事能はされは無拠滞留せり土16地の蝦夷とも氷より氷に飛勝りて遥に沖にて海鼠17あさらし等を活捕事夥し堅氷追而漸々解散に18赴く頃海猟を止て山猟に深山へ行て赤熊の栖を19見付けれは主人を家来の事に下知して20赤熊を射留たり皮を剥き肉を取り胆をとり骨は341捨て悉く料理荷物に作りてに負せ扨又彼2跡に予赤熊三疋居たるを生捕て主従大勢深山3より浜辺に降りける時に其体は彼親熊の肉と4皮とを分けて背負ひ生捕の子熊三疋を率つれ5蝦夷の例にて野宿小屋の遥に向より声を張り6とて哺々と々といひなから呼ひ悦ひ勇んて帰り7来るなりの声高く聞へしかは蝦夷女にも迎8に出携物の熊を見て野宿の仮小屋に傍に窓をひ9らき其赤熊の首皮を尊信して此窓より入て上10座に安置して後に我耳環をはづして彼赤熊の11耳にかけ太刀を首皮の真向に飾りていかにも恭敬12尊敬して崇ふる蝦夷土地の定例なり其故は熊は13霊獣なれば魂魄化して蝦夷土人となる故也といへり14鹿肉魚肉等の供物をして高貴の人に対するか如15くにて恭敷再拝して其後其熊の肉を又供物に16する也其ゆへを尋るに魂魄は残る物皮肉は仮の物17なれは心と骸とは別なる物なりといへり此定例済て18眷属の蝦夷人とも打集り肉を煮たり焼たり生19にても喰ふ熊の肉を食するには礼式あり鹿肉狐20肉等を喰ふとは大に別也といへり此振舞終りて351頭骨を神霊に祭る也扨又其子熊をは甚籠愛2して飼置成長の後に秋の末漁猟仕舞の頃3といふて飼置たる熊を殺して神霊に備ふなり4是を殺すに礼式有て殺し其肉を喰ふ事酒宴5をなし大祭礼を行ふか恒例也
6銅赤熊の熊礼の事
7一 其村々に乙名家に飼置赤熊成長して大熊と成たる
8を撰ひ其乙名其熊に向ひ因果因縁を解き尓して9曰大幸なるかな我熊よくきけ此秋の氏神の犠に備10ふるなり必す未来は人間と変生すへし仍てこれを11楽みて潔く犠にたつべしといひ聞せ後縛縊して12一室に率至り前後左右に繋きて大勢群集し13枷せ桎せ等を容れ堅固に囲ひて首前に幣を立14て鉾太刀長刀其外種々の長器を飾り其後に15其村の乙名を初め其親類及ひ近郷近村の長たる16者集りて扨又家格新古等に因て席に先後上17下あり其席に急度着座あり於是射礼有銘々18に次第を揃て矢を放つ蟇目の射礼のことし其19式礼おはりて後大勢よりて棒負にして殺す也ころ20し終りて後に其死骸に種々の供物等を備へ仏家361の百味の飲食を備へて施餓鬼供養をするかことし2此式礼終りて後其供物等を以て近郷近村に振賉3する也其後彼熊の皮肉を分て首に皮を附て霊前4に飾り置肉は料理て煮焼し濁酒を以て又酒宴有5終日終夜賑やかなり是大祭の式礼也土人是を6と云即大祭礼といふ事是大身なる豪富の乙名7家の名利に興行するとなり是年中海上にて無8難に家業をするの礼儀也といへり
9槌打鶴の舞の事
10御代替りの巡検使はより西は東は11を限て是よりには行さる先例也12よりは道凡三十里程つつ隔つ也此両村に蝦夷土人13大勢群集し槌打と鶴の舞とを興行して巡検14使を饗応するか先規の定例なり槌打は男の熊15鶴の舞は女の熊也其槌打は数多の蝦夷土人共東16西両畔に等分に別れての相撲の取組の前土17俵入とて大勢の相撲取一所に出て土俵入の力足を18蹈なることくに大勢の土人東西より一時に出て丸く立19並ひ一躍し跳なから一歩つつ拍子を揃て力足を20ふみ一周リ廻り此時にとて声を揃て哺々371々々と云て呼ふ斗拳を握り臂を曲け二腕と肩と2平らに張り臂の内簾にて脇の下を打ならし躍り3上り跳あかり打也其勢雉子のほろろの羽うつかことく4躍り跳る如斯して円く一周り廻り力足をふみ互に5勇気を見せて東西に元の所に引退なり夫より又6各々一人つつ出て打者は槌を持打たるるものは手を7にきり互にすつと立より背中を打なり打者は槌を8持て躍り上りはねあかり勢ひかかつて槌をふりあけ9走り寄て再ひうつなり又うたれたる者打たるもの10をうつて遺恨を残さす互に弱りたる気色を見せ11しと躍あかりはねあかり互にあさ笑ひて力足をふ12み入替り立替りて東西に立並ひたる蝦夷土人残らす13打おふ也是槌打の法式にて昔よりの定例也扨又天14気祭風祭といふ事有て此槌うちを祈祷に興行15する事是の在々に産神の祭礼に相撲を興16行するに等し此槌打をにてはつつらうち蝦17夷にてはといふなりとかく重き祝義なとに18是非に興行せねはすまぬ事に思ふは蝦夷土地の19時勢にて私ならさる所なり
20一 鶴の舞といふ事是も前章のことくとかくに興行す
381是則ゑそ女の躍也其体中腰になりうつくまり膝2をかかめ一足跳にひん〳〵とはねなから両の手を目八3分にかさして子とものアモウをする時の手の如し4其形耳垂犬の耳の垂たるに似たり前へもはね後へ5もはね左右へもはね飛勇みいさんて声を発し6其声舌をまきトロ〳〵トロトロといふてはねありく7五人も七人も其数定まらす向たり方へ向て乱におと8りはねるなり是鶴の舞の体なり
9一 親兄弟妻子等死失の時は。トイとてに
10類したる礼式あり其趣意は死別の伏念を忘却11させん為に興行するなり是を名付て12と言太刀小刀刃物の峰にて大勢相互に額をう13ち合血を出すなり相互に血を見されは止めす血の出14るを待て止むる也土人是を名付て第打といふ15なり是愁傷の伏念を発散して新たに清浄なる16宜敷性をいれ換る祈祷なるへし此時も濁酒を作17り大勢に振賉するゆへに大に費用の懸る事也
18歌踊の事
19一 天明六丙午の年予の島々を先駆せし時に
20七月下旬島に渉海し西浦をのり北浦を391廻り東浦を乗る時に友船三艘有しか昼過より2俄に雲霧起り先の友ふねも見へわかす友船に後3れしと岩小島の間をあはてふためき械を掻かせ急4きけれとも友船は終に見へす雲霧はいよ〳〵深く5也風起りけれは頻にいそき既に日も暮合に及ひた6り時に水主の蝦夷人に土地の容子を尋れとも此辺7は初て通船せしといふ依て案内を求むへき便はな8く雲霧は弥深く風は強く波濤は高く崖に船9をよせて見れは険阻成岩崖にて波浪高く湾き巻10て海水逆立中にいて船を着へき所もなく是非なく11沖の方へ出れは日は暮る雲霧はふかく十方闇く12成に船覆るを待のみ然るに同船に乗組たる内に13占を得たる蝦夷人ありて占をはしめたり萁占の程は14萁蝦夷の額の上へ魚の骨を載て呪を唱へ首を垂15れ彼骨を席前に落し居たる有さまを見て考16の様子をいふ其意に任せ漕行磯辺とおほしき方へ17船をよせて見れは少しの岩間の泊ありて船を着たり18誠に辛き一命を助りて船より上り岩の中段に登り19巌崫に宿しけり食物もなくたた火を焚て安20堵の思ひをなしたるのみ爰に蝦夷ともは食事も401せすに頓て蝦夷は浄瑠璃を語り又は歌を諷ひ2踊をおとりてけりかくのことく平気の楽をする其勇3気は感心せし事也予は食事はせす憂き艱難に4逢たる疲れ来り気力薄く元気なく然るに蝦5夷土人等の雄なる事を見て大に辟易したり
6物を問事
7一 町人と言
8者と伴ひ長崎俵物御用と号しにて往9返してに帰着し滞留せしに同年の夏10に騒動ありて方へ味方せし蝦将蝦夷11人ともを呼よせしに天明六丙午の年にゆきし時に12の礼式を粗ならひ置けれは其礼式の礼儀を13尽して尋問せし故騒動の様子を明白に領解せし14なり其尋問の格式は先つ物を尋るに其許の噺は15ないかと問へは親父も存命親母も存命伯父母も存16命抔と答るにて問返して噺はないととふか定法也17答蝦夷人の親類死去したるをもしらす尋れは声18をあけて号泣し止ますよつて此方より其蝦夷の19親族を指して名をいふて尋れは愁傷の伏念を再20発するゆへ必す号呼泣すその跡にて其蝦夷人必す411喧しき事をいひかけ償い事に及ふなり依て死2したる者のあるときは何かしは居らんと答ふ則死3したるといふ挨拶なり其時此方にも感心の体にてし4らぬ事なりと挨拶するかの定例也といへと5も今爰に略す時を得て又詳に筆記せんと思ふ所也
6の事
7一 臣にて上乗といふ役目有猟虎皮鷹の羽
8にて鷲の羽を鷹の羽といふあさらしの皮熊皮熊胆等9を課に取るか至役也此役の有司承りて10に上乗して行ける時に同所の近郷にて11村といふ処あり其村の乙名熊胆壱つ租税とす12鑑定役ありて目利をすれと正しく偽物に極む13依て有司の大に憤りて総乙名14を呼出し吟味を容れ親れは贋者也と貢物15となす事惣て名の日比の取扱ひ行届かさる故なりと16大に呵り威されたり依て彼熊胆の出所を委17しく糾しけるにの乙名島に渉海せし18時に交易して求めたる熊胆なる事慥に知れよつて19島の土人の仕業にての乙名を掠め20たる者にて目利の至らさる誤と委細に詑421けれは漁猟場所の通詞の其むね2を明白に達しけり其始終をよく聞証3して尤なる事なから誠に蝦夷人共の云所は聞へす4自己の頓智を以弁舌を加て利口をいふものならんと通5詞を召捕へたれともに牢屋なく幸6と板蔵有是を仮牢にしつらひて牢舎をさせたり7其日より三日に距れとも食物も与へす閣きけり8此旨を聞て其近辺の猟場の番人共大集群し9来りて種々と詑けれとも有司許容せす10是によつて惣乙名を初め外乙名共小使11等より集り評議しけるは通詞の業は蝦夷12人共を取扱ひ道理を上へも詑下へも示すか役目なる13を此度通詞の難儀は蝦夷人より事起りたれは等閑14に捨て置難し此上は成たけの義理を立へき所也とて15大勢の蝦夷等番人を頼みてへ詑言せん16にとて過料を出すべきに評議一決しかは乙名17共銘々山中に深く隠し秘蔵して埋め置たる陣太刀18合口の短刀鞘巻の太刀等其外秘蔵の宝物品々を19差出しけれは茂兵衛漸々聞証てを板蔵20より出させ其科を赦免せしといへり今に至てその時431によき宝物はに奪ひとられたりと述2懐をいひけり余天明六丙午の夏此に至りし3時惣乙名に逢たりしか雑談の折節に4か苛政の模様を具に聴きけり誠に民を網す5る奸詐にして見るに忍ひかたき事ともなりし天明6丙午の年城下に滞留の内ひそかに風説を聞く7に価金三十余両の交易をせし陣太刀一腰ありたり8といへり過料に言たる品々を松井帰府の後に払ひ9たれは大金を得たるといふに今に至りてやます嘆す10へきの甚しきに非すや俗に名つけてゆすりといふもの11也羞つへきも羞す賞罰の品なき家政なれは銭12に余りてあきれはてけり
13手習の事
14一 予天明六丙午の夏島々を先駆せし時に
15人は我壱人蝦夷人の交りて行先不案内にして16闇地をたとる心持なり殊にゑそg言語も未熟なれは17ト云若き土人の言葉を少しつつ存18したれは此土人を余か僕となして連れあるきけり19時に此蝦夷人文字を学ひたき事を願ひけり依て20片仮名にてイロハを教へけるかヨタレソツネナを習ひ441習比予に向て此イロハといふものは何と申言葉にていか2なれは一切の事にも通するそと問予答て曰の3往古といふひしりの御製作にて上天子より4下庶民に授けて此文字を以て一切の事に通し上下5の情を通る事誠に奇妙なる事なり神の言葉なれ6は予もいまた其存をしらす神の言葉の此四十七文7字を学ふ時は一切の事をかき綴るに其言葉の尽8されすといふ事なし奇妙なるものならんと講釈を9いひけれは彼うたかわしき事なりといふて10其後は不精になりたり依てこらしめの為に呵ていはく11吾を師とたのめは汝は我子も同前に思ふなり暗愚12の子ともを持は親の恥にて其方か不精にして学ひ13得す唯今迄になき事なれは重宝なる事14と世上に羨まれて何にの益もなき時は余子まて恥15を与ふるに似たりといひけれは大に感心し其後は出精16せし也其砌彼いひけるは我はの好17風俗を好めとも元より性土人の胤なれは18かく愚鈍なり何卒ゆるし給へと詫けり予も退きて19能考ふれは身自ら我夷狄たる事を卑下して落魄20れたる志しこそ不便にて胸中に堪かね感涙を催せし451也されとも終には仮名遣ひも覚へけれは後には次第に2ありかたくこそ思ひけり親のことくにしとふこそ猶不便3を重ねけり扨此迄連れしか途中4村の百姓に一宿せし時戯れに紙を出5させ物を書せしに見事に其意を認めたり時に亭6主曰前代未聞の珍事也とて甚賞美し誉めたり7けり夫よりに帰着して滞留の内も折々物を8書せけれは此事自然と風説と成たる歟領主ヘかく9と聞へたれは蝦夷土人に文字を教ヘ導き式は10言葉を示す事古来よりの制禁なりなと其科11予に有とてより大に悪をうけたる事こそ12是非もなき次第なり是今は既に開国の13時に熟し到りたれは無程良国ともなるへきなれは14より憎みたる事解すへし其制禁の品々を承る15に皆仁道を齟齬して大に国民等の賢害となる品のみ16数多あり彼是ともに時を得て書に顕はさんと思ふ所也17前章のことく人道を制禁有といへとも近年になり18国の赤人数多渉海し彼国の法令をしめし撫育教19導すれは土人等大に懐き国の風俗に化す20れは何ほとに制禁するとも大国なれは届く事461あたわし俗にいはゆる大海を手にてふせくとは是を2いふへし開国の時至りたりと思はるる所也予も3の生を禀けたれは前後の弁もなく義にせまり4て所誌也
5歌の文句の事
6一 のより海上凡二百余里也辺にて土人の風俗を見る
7に世の坐興の戯れにする事にて口に糸をくわへ手8指の爪にて弾き鳴らし此相手には団扇太鼓のことき9の物をうち拍子をとり囃しに乗し和し諷ふ歌の10章句を翻訳する事左のことし
11はしめて開けし時に十二一重の美服を着12したる神と只一重の麁服を着したる神とふた13神の天降りける時に美服を着したる神をは尊く思ひ14て此国に神ととまりたまへと祈り尊敬しけるに麁15服を着したる神をは信し近よらす依て其神天上16して終に再ひ降り玉はすまた美服を着したる17神は此国に留り給ふ此神は粟稗の神にて麁服18を着したる神は米穀の神なりしか天上し給ひ19し故は酷寒の地なれは十二一重の神へ20此国へ留り玉へと祈りしか種穀の多き粟稗の471神ともしらす単衣の神は米の神ともしらす夷狄2なりてそ浅猿しけれ仍ては此因縁にて3米穀の出来ぬそことはりなり
4此外同士の物語にも古事来暦をいふといへとも5身自ら夷狄なる事を恥て謙退しを慕ふ6意味多し依て撫育教導し命令の下るに於ては7忽に良民とも化すへき今の時勢なり此時勢に乗8して開国の大業を創め置はさほとに世話せすとも9遂には開国成就して最良国となるは疑ひなか10るべし此辺はの手前にてと11相対し能島なり開業成就の上は繁昌の土地と12もなるへき所なり
13中終
2著
3妻妾の事
4一 は都て妻をマチ妾をといふ
5ノ島の脇乙名にトいふものあり妻6妾都合十八人あり本妻と妾との差別なく諸所7に家を作て独身に住はせてをく也或は五六里或は8二三十里を隔て或は海上数十里隔てたる島々にも9此に限らす富貴なる蝦夷人は妻妾を10数多持は土地の風俗なり或は魚油干魚491類を船につみて嶋の運上小屋に来り交2易して代り物の米と麹と小間物類を請取て浜3辺に丸小屋を懸て逗留し居けるか其近所五里4七里隔たる所に住居せし妾の方へ米と麹とに小間5物とを配分す但し米八斗俵麹八升俵也是を三俵6つつ送り遣せは妾其米と麹にて濁酒を造リ7方へ呼使を遣は旅先へ連あるく妾とも8に手をひかれゆきて到れは饗応に濁酒を出し妾9と共に酒宴をして遊興するなり妾とも大勢より10あひても悋気嫉妬の意もなく皆頼母敷睦敷もの11なり蝦夷土地の風俗にて大身小身に限らす旅稼商12等我家内の者を不残召れ家財も携へて巡行13す是蝦夷土地の風俗なり又妾共には家を造リ渡14置のみ外に衣食の手当もなく閣けとも独り15我身を営成しといふ樹の皮を煉り16といふ太布のこときものを織て衣服となして夫に贈17ると蝦夷の婦人の習はせ也大身の乙名なとには18とて家来大勢有代々相伝の家来にて主人19旅稼に出る時は此ともの妻子も倶に従ひゆ20く主もも家内不残旅先に滞留して稼し501て営成す是蝦夷土地の風俗なり生涯住所を定2めす数十里の浜辺に住居する家宅は皆仮小屋にて3猟産の卓山なる所へ移りて又仮小屋を作りて住居4する也生涯みなかくのことし是耕作の産をしらす猟5産沢山なる故也
6漁猟の事
7一 界見方御用につきて
8といふ者の手船沖船頭は9厳命に仍てに着船し夫よりに10に渉海せしなり東海の船路能々知たるもの11の撰ひによりの者にて道12先役乗組といふ大河に着岸す此13例年秋の彼岸に至れは川の源のかたへ鮭夥14しく溯る也予其役懸りなれは渠等に下知して同15年八月十七日昼七ツ時頃引来る網に鮭二三十疋斗懸りた16り又翌十八日朝六時に引来る網には大に懸りたる内悪17敷を云能を撰ひて九十七束有一束は二十疋をいふ即一18千九百四十疋なり悪を云るとは勝れて小なるか勝れ19て大なるかを云中なる揃たるを良とする故なり中なる20を揃て船積にする故也大船にては凡五万疋以上を511積をの定合とする事古今同し此数の物日数2凡五七日の中に採る是猟産の沢山なる所也
3疾病の事
4一 疾病は人間と夷狄との差別ありて人の眼より
5見れは異なるもの数多あり先蝦夷人のの風俗6に化し染むまし仮にも蝦夷土人領主の令せしむる所7なれは永久に化し染むまし仮にも蝦夷土人の8言葉を遣へは通詞是を咎て令に背たる科の遁れ9かたきをせめて償ひとして過料を出さし自罪あた10なはせるなり又蓑笠着用すれは前章のことし11草鞋脚当履けは又前章の如風俗に化し染12さる様にとするは領主の掟なり仍て跣足素13脚にて岩角樹根笹原をいとはす往返し雨か降れ14は天窓より濡れ我屋に帰りても休路せす寔に獣類15のことき境界なり是皆命令のしからしむる所なり16元来より人と種類等しき人間なれは疾病17も又等敷筈なり故に疱瘡或は疫病流行すれは18伝ひ禍る事替はなし仍て恐怖して家宅を捨て深19山幽谷に逃け行き住居し其流行の疾病絶へて20後立帰り古郷に住居するなり親子夫婦のうちは521看病介抱もすれとも其他は皆見放し見殺しにして2逃なりとそ是皆医業も無故也余りに堪かたき事3とも也斯浅間しき国政にあふ人間もあるものかと4吾身に引別して顧れは我 御代の難有はと5猶ありかたきをわすれかたき事ともなり
6言語の事
7一 にノミの二字は祈祷と訓したり蝦夷
8言葉もやはり祈祷をノミといふ也又蝦夷人柳にて9削りかけを拵ひ幣のことくに作りたるものを神前に10捧けて是を名付てタサといふ是又神代の遺語なる11へしある神道の書を見るに木匠の庶人家宅の造立12の時棟揚の祝義とて棟木の上に建たるものにかん13な屑を垂れたるは青幣白麻を垂れたるは白幣14なるゆへに麻の字をヌサと読なりと云々又蝦夷人は15神をカムトいふ神居の転語なるへし神居宮居鳥居16皆居の字助語にて神居といふもやはり神の事也17三味線を片鄙にしやむせんといふかことしカシイをカム18イといふも同し又麻をヌシヤといふサとシヤト転し19たる也譬は物を捨つる事を打立る事ウツチヤルと20いふかことし皆連声に仍は転したるへし其外停泊
531拝髪女子等の蝦夷言葉やはりの古言なる2へしあら増の物の名は誌書に見へたれは是を3不載予かあつむる所は日用の蝦夷言葉を語り4て爰に禄す是に志す人にそなふのみ
5天気かよひ 空か悪ひ
6能い日和 悪い空あひ
7雨かふる 雪か消る
8風かつよひ 泙(なぎ)かよひ
9雲かない 霧厚し
10露が多し 霜なし
11汐きり 波かたつ
12汐ひかた シツテキレ(シ)ヤム うねりか立
13風景かよい 寒さなし
14暁の日 ヘケレチコ゚(ユ)ツプ 夜の月
15昼中は晴々 雪中涼し
16山ハ遠し 海ハ近し
17火をたき 水を汲ひ
18大きい浪 小さい沢
19沖を行 レフタ ヲロ(マ)ン 岡を戻る
20御殿様方へ 進せたく
2御侍より 戴きました
3且那から 貰ふた
4其方合点か 此方しらぬ
5先に立てり 跡に付て来い
6甚た面白い 気合か悪い
7湯かわいた 飯をたく
8何てもあれい 船に積て来る
9何にもなくて 持たすに来る
10なむ三宝 是ハしたり
11むつとして居る 馬鹿をいふ
12たすきをて稼く イヤカライリ モンライケ 緩々休ました
13爰かよかろふぞ 向は悪かろ ソノリシタウヱモナンゴラ
14あなたの友を得て アノカイイシヤママ クイアリノ 此人に習いて タンクルヲツタ イハカレ
15模様考て見ち 拙者推量する チヨウロイ ニメテハカリアン
16きつくり曲た枝 ひつくり返た葉
17煙りたつ 火かもゆる
18暖かひもしい たべすきた
19海をおよく 川を潜る べシツランヱ
20逢て嬉しい イイニンカリ ヤイシヨコン 名残おしひ
571載たれとも皆是下金といふものにて土砂の内に交り2たる砂金なり今はなし又といふ所に金山跡3也是は堀たらは出へきと思はるる其外辺4等にあり又深山に有へき歟未開の大国なれは5明細に探索に及ひ難し時を得て達べし
6銀山 古来より銀山の沙汰はなし等
7にありは深山多し依ておくゆかしけれと8も予未到なれは風説は挙かたし
9銅山 の奥山にあり在の山に有10鉄山 在の等にありその外諸所に多し11鉛山 の春岳最上たるといふ先年村の
12堀たる時に一ヶ年に三百箇程出来たり其外13村等にもある也
14黄銅 といふ島にあり此金にていまた
15不見生れなから金色なる銅にて真鍮の柔かなる16様なりと赤人渉海して予に委細物語せり
17余糧 島といふ所にあり貯置て時々糧
18に用ひ食事とす色白く餅のことくにて味ひ淡く此19島に渡海せし時友船に分れ米味噌なく草の20根を焚て此土をいれ食事とせしに甚かろくたべよき也